無料ブログはココログ

2018年5月20日 (日)

牛ヶ峰

みなさん、こんにちは!
私、昨日まで仕事でしたが、今日から溜まった代休処理で4連休です。
で、連休初日の今日は、ハッピーのパパさんと静岡市内の「高山市民の森」の山頂である「牛ヶ峰」に登ってきました。
朝、天気は薄曇り気味でしたが、天気予報ではこれから3日間は晴れるとのこと。
10時にパパさん家に迎えに行き、出発です。
10時50分頃、市民の森の駐車場着。

1
トレッキング開始です。
先ずは、高山の池へ。

2
この池はモリアオガエルの棲息地だそうです。
水辺の植物はミズバショウだとか。
暖かい静岡ですから、すでに花は終わっていました。
まだ、ミズバショウの花って見たこと無いんですよねぇ・・・。

3
一度見てみたいものです。
さて、モリアオガエルですが・・・池の上の木に卵の跡が残っていました。
このカエルは池にせり出した木の枝に泡の塊を作り、その中に卵を産み付けるのだとか。
4
孵ったオタマジャクシはそのまま池の中へ落ちるのだそうです。
なるほどねぇ・・・。
親ガエルの鳴き声も聞こえましたが、残念ながら姿を見ることは出来ませんでした。
池を後にして、牛ヶ峰へと登ります。

5
途中立ち止まって花を愛でながら、そこそこ急な斜面を登りました。
6
山頂には約30分で到着です。
7
山頂は標高717m、いつもの様に記念撮影です。
8
さて、景色は・・・絶景です。
静岡市街が一望でした。

9
傍には誰が立てたのかこんな碑が・・・
10
「眼下には義元公の夢忍ぶ」・・・なるほどね。
そう、駿府(静岡市)は今川家が守護職として君臨した地。
これは、「駿府は元々、徳川家康の物ではないのだぞ」って、思っている人が立てたのかな。
駿河湾の対岸には、私のダイビングスポットである大瀬崎も遠望出来ました。

11
ここで、ちょうどお昼になったので、ランチタイムです。
パパさんがお湯を沸かしてくれたので、トン汁を食べました。

12
途中のコンビニで買ったインスタントですが、青空の下の山頂で食べると何倍にも美味しく感じますね。
さて、食事後は下山です。
登りとは別のコースをとり、途中は花を愛でながら・・・

13
まぁ、正直なところ、私はパパさんの様に花は詳しくないので、途中、パパさんが花を見つけて撮り始めても、傍でその様子を眺めていることが多いのですが・・・もう少しで駐車場というこの時も・・・パパさんが花を見つけて撮り始めて・・・あれっ、何か視線を感じるなぁ・・・
14
あれっ???パパさん???えっ???
「パパさん、動いちゃだめだ!!!」私は声を押し殺して叫びましたよ。
パパさんの先、15m位の所に・・・こちらを見つめる円らな瞳が・・・

15
カモシカです!!!
久しぶりの遭遇。
普通、これだけ近ければ、カモシカは逃げてしまいそうなものですが、この仔は悠然と草を食べています。

16
パパさんは気づいていないようで、私の言っている意味が分からない様子・・・
私は懸命に指をさして、パパさんにカモシカの存在を伝えました。
すると、ようやく気付いてくれて・・・ハイ、次の写真が今日のベストショットです。

17
カモシカって可愛いものですね。
18_2
さすがに二人でパチパチ撮っていると嫌になったのか、彼?彼女?は茂みの奥へと入って行きました。
19
いやぁ、面白かった。
市街地の山でカモシカに出会うことが出来る。
静岡って本当に自然豊かな所です。

20
この後、パパさんを送って終了です。
野生のカモシカとこんなに近くで遭遇出来るなんて、ラッキーなトレッキングでしたよ。
明日は、大瀬崎でダイビングの予定。
明日も何か大物に出会えると
良いな。

では!

2018年5月16日 (水)

ネタ無し(日々、徒然・・・)・30

みなさん、こんばんは!

さて、本当にネタがありません・・・。

1
ここのところ、横浜の出城と会社を往復するだけの日々です。
2
重箱の角を突っついても・・・チリくらいしか出てきません。
3
それでも更新です。

【大富豪の船】
先日、横浜支社に用があったので、久しぶりに横浜港を訪れてみました。
で、こんな船を見かけましたよ。

4
むむっ?何だこれ?
この船、ロシアの大富豪アンドレイ・メルニチェンコという人が所有する「A」という船名のスーパーヨットだそうです。

5
全長約120mで、建造費は日本円にして270億円。
アンドレイ・メルニチェンコさんは、この船に奥さんと娘さんを乗せて世界一周しているのだそうな。
ふぅ~ん・・・。
何とも別世界の話だね。

【信玄あわび】
先日、諏訪大社へ行った時に、途中、山梨県の道の駅に立ち寄って買ったのがこれ。

6
お酒の肴に良いかなと思って買ってみました。
あわびの煮貝は山梨県の名物ですからね。
それこそ、武田信玄の時代、駿河湾で採れたあわびを甲斐国に運ぶ際、傷まない様に醤油で煮たことから、海の無い山梨県であわびの煮貝が名物になったのだそうな。
それにしても、本当にあわびが入っているのか?
裏を見てみると・・・

7
原材料名:あわび(セネガル産)だって!
セネガル???あの、パリ・ダカールラリーのセネガル?
アフリカじゃあないですか。
瓶越しに中身を見てみると・・・う~ん、あわびの親が泣いてしまいそうなほど小さなヤツが幾つか入っている様子。
まるでナガラミ貝だな。

8
これが日本産だったら、間違いなく漁業調整規則違反で御用だね。
まぁ、美味ければ良いか・・・。
次の休みに開けよう。
では!

2018年5月 6日 (日)

古戦場巡り(諏訪大社と高遠城址)

みなさん、こんばんは!
GWいかがお過ごしでしょうか?
私は、とりあえず後半の3日~6日は休みです。
で、4日、長野県の諏訪大社本宮と高遠城址へ行ってきました。
きっかけは、最近読んだこの本。

1
伊東潤氏の「武田家滅亡」です。
武田家の長篠設楽原の戦い以降から天目山での滅亡までを描いたものです。
これを読んだところ、私の心にふつふつと武田家ゆかりの地を辿りたい気持ちが湧き出してきて、先ずは諏訪大社本宮と高遠城址を訪れてみました。
4日7時頃、女房を愛車に乗せて清水の自宅発、先ずは諏訪大社本宮を目指しました。

2
諏訪大社本宮は、2年前の今頃、ハッピーのパパさんと初めて訪れました。
その時は有名な「御柱(おんばしら)」ばかりに注目してしまい、この神社の歴史にまでは目が行かなかったのですが、この神社、天正10年(1582年)3月の織田信長による武田征伐の際に、織田信忠(信長の嫡男)によって焼かれているんですねぇ・・・。
知りませんでした。
で、また訪れてみたいと思った次第です。
我が家からは途中休憩しながら3時間くらいかかって、10時頃に到着。

3
女房と一緒に参詣いたしました。
先ずは有名な御柱を見て・・・
(下の写真は、本一の御柱です。)

4
「へぇ~これが御柱なんだ・・・」女房も感動していました。
5
参詣は、もちろん布橋門から入って・・・
6
布橋を渡って参拝所へと向かいます。
7
GWで参詣者が多かったのですが、何とも厳かな雰囲気です。
8
私たちも参拝所の列に並んで参拝を済ませました。
9
それにしても織田信忠は、よくもこの神社を焼こうと思いましたねぇ・・・。
武田家が信仰していた神社とはいえ、実に畏れ多いこと。
その3ヶ月後の6月には、本能寺の変。
親父の信長は本能寺で、自らは二条城で焼かれるのですから、これは神罰なのかな?

参詣の後は、高遠城址へと向かいました。
途中、お蕎麦屋さんに立ち寄って昼食です。

10
初めて「高遠そば」を頂きました。
竹べらに載せられた焼味噌をそばつゆに溶いて食べるのですが・・・けっこう美味かったですよ。

11
さて、高遠城址ですが、12時過ぎに到着しました。
12
この城跡を訪れたかったのは、この場所が武田家最後の激戦地だったから。

背景を説明しますと、武田信玄亡き後、後継者であった武田勝頼(信玄の四男)は、領土拡張を目指しますが、織田・徳川連合軍に長篠設楽原の戦いで大敗北を喫してしまいます。
この戦いで信玄以来の多くの宿老(重臣)を失ってしまい、武田家は大打撃を受けた訳ですが、ありがたいことに、北条家から甲相連合を持ち掛けられます

13
これを受けた勝頼の下へ北条家から姫(北条氏康の娘)が輿入れし、甲相連合で織田・徳川連合に対抗して行こうとした矢先、上杉謙信公が亡くなるのです。
直後、共に謙信公の養子であった
上杉景虎(北条氏康の七男)と上杉景勝との間で、跡目争い(所謂、御館の乱)が始まり、越後は内乱状態になります。
14
勝頼は義理の兄にあたる上杉景虎から援軍要請を受けて出陣しますが、当初絶体絶命の危機にあった上杉景勝の腹心である狡猾な直江兼続の計略にかかり、眼前に1万両もの大金を積まれ、これに目が眩んで中立を決め込みます。
15
結果、形勢は逆転となり、跡目争いは上杉景勝が勝利して上杉景虎は死んでしまうのですが、当然、勝頼の行為は北条家の怒りを買い、甲相同盟は破綻してしまいます。
このため、織田・徳川に加え、北条まで敵に回した勝頼は、東・西・南から挟み撃ち状態になり、追い詰められて滅亡への道を歩み始めるのです。

16
主だった家臣にも見捨てられ、裏切り者が続出する中、この高遠城には弟の仁科盛信(信玄の五男)が、武田の精鋭3千を率いて立てこもり、織田信忠の率いる5万の織田勢を迎え撃ちます。
織田勢からの降伏を勧めを拒否し、仁科盛信は徹底抗戦を決意。
3月2日、織田勢の総攻撃を受けた高遠城は、奮戦虚しく仁科盛信以下全滅してしまうのです。
これが武田家としての最後の大激戦と伝わっています。

17
こんな悲しい歴史のある高遠城址であり、私としては是非、訪れてみたいと思っていた訳ですが、実際訪れてみると、仁科盛信を偲ぶ物は何も残っていませんでした。
それもそのはず、この高遠城は江戸時代は高遠藩として存在し、城は修復されて明治まで使われていた訳ですからね。
今は桜の名所とのこと。
ちょっとガッカリしましたが、まぁ、行って良かったかな。
行かないと何も分かりませんから・・・。
女房も文句を言わず、一緒に歩いてくれましたよ。

さて、この古戦場巡りの中で、諏訪大社でこれを求めました。

18
御柱箸です。
7年に一度、御柱が建て替えられることは有名ですが、その7年間、大社を護った御神木で作られた箸なんです。
きっと大きなパワーが宿っているんだろうなぁ。
来年のお正月まで大事にとっておくことにします。
こんな感じで、有意義な一日でしたよ。
では!

2018年4月25日 (水)

春の大瀬崎(2本目)

みなんさん、こんばんは!
今朝の横浜は大雨でしたよ。
で、昼過ぎには青空で蒸し暑い・・・。
まるで、台風一過の様な、変な天気ですね。

さて、前回の続きです。
2本目は約1時間休憩して、11時半頃にスタンバイ。
ショップの前の湾内に潜る事になりました。

1
深海魚系のアカイサキの幼魚が居るのだとか。
先ずは水深25mの深場まで行ってみて、それから浅場へ移動しつつ魚を探すことになりました。
ガイドさんの後に付いて潜水開始です。

2
潜ってみると、さすがに湾内は外海に比べて浮遊物が多く、透明度が若干落ちます。
それでも上下水平12mは見えていましたよ。
ガイドさんはどんどん水深を下げて行きます。
すると・・・水深18m位のところで急にストップして着底しました。
何が居るんだろう・・・ガイドさんが指さす先には・・・タカクラタツです。

3
海草の茎にしがみついていました。
あまり可愛くないので、数カット撮って移動です。
水深25mまで来ると・・・ガイドさんが指す先には、ミジンベニハゼのペアがいました。

4
ペアならば撮りたいな・・・とりあえず、5m位先から1枚。
後は彼らを驚かせないように匍匐前進で近づいたのですが・・・
残念!雄が奥へ逃げ込んでしまいました。

5
出て来るまで待とうと、カメラを構えて約5分間待ったのですが、ついに出てこずこれは断念。
雌だけ撮って浅場へ移動です。
そうしないと、1本目に深く潜った関係で、体内には未だ多くの窒素が排出されずに残っていますからね。
これ以上の滞在は、潜水病になるリスクが高くなり危険なんです。
すぐに水深18mまで戻ってきました。
そこで・・・シビレエイを発見。

6
全長は30cmくらいで、前回撮った個体よりも小さかったのですが、これも撮影。
更に浅場へ向かうと、水深15m位の所で・・・居ました!
アカイサキの幼魚です。

7
体長は5cm程、この魚、伊豆では水深60mよりも深い所に棲んでいて、成魚は魚釣りの対象になる美味しい魚だそうです。
8
幼魚はあまり見る事が出来ないそうで、偶然何らかの要因で浅いところまで上がってきたのだろうとのこと。
9
このまま成長できれば、きっと深場へ戻って行くのでしょう。
それまでは、大瀬崎のアイドル的存在です。
ちょこまかと動き回るので撮影は大変でしたが、何とか数カット撮れていました。
更に浅場へと移動です。
水深12m位の所で、大きなウミウシを発見。
これは・・・マンリョウウミウシです。

10
体長は20cm位のかなり大型。
ちょっと気持ち悪いかな?
あまり興味が無いので1枚だけ撮って移動です。
水深10mまで戻って来ました。
ここまで戻って来ると、もうあまりレアな魚は期待出来ません。
それでも、何か居ないかなぁ・・・と、探していると・・・目の前にメイタガレイが現れました。

11
逃げられないように、そっと近づきます。
12
まるで、背伸びして何かを探している様です。
13
うん、美味しそう・・・連れて帰って煮付けにしたいところですが・・・もちろん、撮るだけです。
これは、彼女?の顔のアップ。

14_2
小さなおちょぼ口が何とも可愛いでしょう?
これも数カット撮って移動。
水深7mまで戻って来ました。
春ですねぇ・・・。
海藻が沢山茂っていて、まるで林の様・・・沢山のメバルの幼魚たちが群れています。

15
大瀬崎湾内の春の風景です。
16
このメバルの幼魚を補食するため、数尾のミノカサゴが大きなアラメに付いて狙っていました。
17
うん、これは絵になるかな?
18
安全停止を兼ねて撮影しました。
19
これで終了、12時20分頃、浮上しました。
思った以上に水中の透明度が良くて、快適なダイビングでしたよ。
来月も潜れると良いのですが・・・。
それと、今年こそは石垣島へ行きたいものです。
石垣島の碧い海と空が恋しいなぁ・・・。
では!

2018年4月21日 (土)

春の大瀬崎(1本目)

みなさん、こんばんは!
私、金曜日に休日出勤の代休を取り、3連休のつもりで清水の自宅でノンビリしていましたが、今朝、急遽、明日日曜日に仕事が入ったとの連絡があり、昼過ぎに横浜へ戻って来ました。
あぁ、早くこんな生活から抜け出したい・・・。

と、いうことで、その代休の金曜日は久しぶりに大瀬崎で潜りました。
3月は転勤が決まり、その準備で潜りに行けなかったことから、約一ヶ月ぶりです。
いつもの様に木曜日は定時まで仕事をして、横浜の出城へ戻り、清水の自宅へ戻った時には既に日付が変わっていました。
急いでベッドに潜り込み、5時に起きて機材を愛車に積み込んで6時に出発です。
睡眠時間は約4時間半ですが、これから潜る楽しさを思うと、眠気は吹き飛んでいます。
昨日は晴れ、運転しながら心ウキウキです。
8時過ぎに大瀬崎着、駐車場に愛車を駐め、馴染みのショップに入りました。

1
ガイドさん曰く、今日のお客は私一人だとのこと。
ラッキー!自分の希望だけで好きな様に潜ることが出来ます。
早速、ガイドさんと打ち合わせをして、1本目は外海で、2本目は湾内で潜る事に決めました。
もっとも、特に珍しい魚は出ていないそうですが、ガイドさんを独り占めして潜れるだけで王様気分です。
早速準備をして、9時、「門下」というポイントで潜水開始。
海は凪いでいて波は殆ど無く、対岸には薄らと富士山も見えていました。

2
潜ってみると・・・視界は春にしては比較的良好。
浮遊物が多いのですが、上下水平15mくらいは見えています。

3
水温は17℃。
ガイドさんは未だドライスーツ着用ですが、私は既にウエットスーツ着用。
海水がスーツの中に入って来ると一瞬「冷たいっ」て感じますが、その水はすぐに体温で温められて心地良くなります。

4
魚は・・・相変わらず少ないのですが・・・まぁ、春ですからね。
今が底、これからどんどん増えて賑やかになって行くのですよ。
ガイドさんに付いて水深を下げて行き、水深12m位の岩場に到着。
そこで魚を探して見ると・・・大きなオオモンハタが岩の上のソフトコーラルの傍で休んでいるのを発見。

5
早速、撮影開始。
オオモンハタは珍しい魚ではありませんが、コイツは特にデカイ。
体長40cmオーバーの様です。
う~ん、刺身にしたら、何人前だろう・・・。
6

近寄っても、急いで逃げる様な素振りはありません。
動作はなんとも緩慢。
この仔の様にデカクなった個体には、既に恐れる外敵は無いのでしょうね。
大瀬崎ならば、銛を片手に忍び寄る密漁者も居ませんから。

(因みに、テレビでゴムの付いた銛を持って魚を突いて「獲ったぞ~!」って叫んでいるタレントやディレクターがいますが、同じ事を素人がやると、違法行為(都道府県の漁業調整規則違反・つまり密漁行為)で警察や海上保安庁に捕まりますのでご注意!!!アレはあくまでテレビの演出ですから。地元漁協や官庁と調整して許可を取って撮影しています。こんな事でも捕まって罰金刑になれば前科者になりますよ。)
7

パシャパシャ撮っていると、さすがに嫌になったのか、彼?は岩の上に出てしまいました。
「お前、いい加減にしろよ!」って言っている様。

8

ゴメン、ゴメン・・・魚に詫びつつ、移動です。
ガイドさんは水深をどんどん下げて行きます。

9

水深30mの棚に到着。
ここから沖側は、真っ暗で、駿河湾の深部、海溝へと落ちてゆきます。
しばらく、この棚で停止して、マンボウでも現れるの待ちました。

10

私は四方を見回しながらも、付近の魚をパチリ・・・。
11

約5分間待ちましたが、結局、マンボウが現れる気配は無く、水深が深いので浅場へと移動です。
12

水深18mの岩場で、ガイドさんが大きなイイジマフクロウニを発見。
彼が指さす所を見てみると・・・

13

う~ん?あぁ、ウニの中にカニを発見です。
(判りますか?)

14

寄生しているゼブラガニです。
体長(甲羅の幅)は2cm位、白と紫の縞模様が特徴的な可愛いカニで、寄生するウニのトゲを食べて生きています。

ウニの白く見える部分は、カニに食べられたトゲの跡なんですよ。
15

これを撮って更に浅場へ移動です。
水深8m位で安全停止。
この辺には・・・ありました!イバラカンザシのお花畑です。

16

岩にカラフルな花が咲いている様で、綺麗でしょう?
イバラカンザシと言います。
(以前もこのブログに載っけたかな?拡大すると、こんな感じです。)

17

イバラカンザシ・・・植物の様に見えますが、実は動物。
釣りの餌に使う、ゴカイの一種なんです。
これで終了。
浮上しました。

18_2

ダイビングコンピュータを清水の自宅に置き忘れたので、正確な時間は判りませんが、約50分間のダイビングであったと思います。
生物は少ないなりに楽しく、また癒やされた1本目でした。
続きは近いうちに。
では!

2018年4月 5日 (木)

春の交通安全

みなさん、こんばんは!
私、今年の春は異動に女房の入院が重なったことから、目が回るような慌ただしさの中、桜を愛でる暇もありませんでした。
来年こそは、ゆっくり花見が出来るようになれば良いのですが・・・。

さて、明日から春の交通安全運動です。
と、いうことで、昨日、羽田空港の第1ターミナルで交通安全キャンペーンが開催され、うちの会社も協賛している関係から、私もお手伝いに借り出されてしまいました。

1
お昼からだったのですがね。
昨日は初夏の日差し・・・何とも暑かったなぁ・・・。

2
整列しているお巡りさん達も、暑くて大変だったと思いますよ。
3
パトカーを連ねてパレードした後は、航空各社のキャビンアテンダントさんを先頭にターミナル内を行進です。
4
「はばたけ みんなの願い 交通安全」
5
このイベントには、警視庁のゆるキャラの他に、何故か海上保安庁のゆるキャラも参加。
着ぐるみには子供達が群がっていましたよ。

6
ステージでは、(どの辺りが交通安全と関係があるのか分かりませんが、)歌や手品、チアダンスが披露され、
7
多くの旅行者達が足を止めて見入ってましたよ。
8
明日から10日間、全国各地で、ネズミ取りや覆面パト、白バイが大活躍します。
一時停止や進入禁止、駐車違反・・・お巡りさんが物陰に隠れて見ていますよ。
車を運転される方は、要注意です。
皆さん、日頃以上に安全運転を心がけましょう!
では!

2018年4月 2日 (月)

ネタ無し(日々、徒然・・・)・29

みなさん、こんばんは!
年度末に年度初め、女房の病院・・・なかなか遊ぶ暇も無くてネタがありません。
こんな時に備えて、日々小ネタを撮り貯めておく・・・。
そんな小ネタで更新です。

【春まだ遠し・・・】
1日の午後、外泊許可で、週末、家に帰っていた女房を病院へと連れて行きました。
女房が入院している病院は、静岡市の中心、駿府城公園に面しています。
31日~1日は、静岡祭りの真っ最中。

1
城内は桜が満開。
8階の病室には賑やかな太鼓や笛の音が響いてきますが・・・。

2
楽しむ気分にはなれませんねぇ・・・・。
我が家の春はまだ遠し・・・。

【新しい職場】
私、3月28日から、新しい職場に通っています。
京浜急行からモノレールに乗り換えて・・・。

3
遠いですが、座って行けるので楽ちんです。
4
最寄りの駅は、羽田空港のはずれ・・・。
職場の窓からの景色は、ビジネスジェットの駐機場です。

5
鉄の鳥は大好きなんですが、横浜の「みなとみらい」と比べると何とも殺風景・・・。
さて、ここに何年通うことになることやら・・・。

【治一郎】
浜松に本店がある、とても有名なバウムクーヘンのお店です。
もちろん、静岡市内にも支店があり、横浜にも支店があります。
ここのバウムクーヘン、女房が大好きなので、先週末、私は横浜で買って帰ることに。
31日の朝、外泊出来る女房を迎えに行き、自宅へと連れて帰りましたが・・・女房の手荷物に、ここの「切りたてバウムクーヘン」が入ってました。

6_2
事情を聞いてみると、前日、見舞いに来た友人が持って来てくれたとのこと。
7
そうなの~。
このバウムクーヘンは、賞味期限が販売日の翌日まで。
と、いうことで、この日の昼ご飯として、ありがたく戴きました。

8
う~ん、美味い!!!
しっとりとしていて、濃厚・・・
なんとも贅沢な昼飯でした。

俺も買って来たんだぞ。
と、披露したのは、「桜のバウムクーヘン」。

9
春だけの季節限定商品です。
10
これは「切りたてバウムクーヘン」よりも、若干、日持ちがするので、1日の朝飯にすることに。
11
うん、これも美味い!
桜の花や葉の塩漬けが使われているので、ホンノリと桜の風味がします。
しっとり感はそのまま残っていて、本当に春を感じさせる一品でした。
これも二人で半分ずつ、贅沢な朝飯でした。

【漫画の単行本】
先月末に発売された最新刊、「US-2救難飛行艇開発物語 第1巻」です。

12
新型飛行艇開発のドキュメント。
実にリアルな実録漫画です。
一気に読んでしまいました。
面白いですよ。

「空母いぶき 第9巻」
ついに9巻が発売されました。

13
尖閣諸島奪還作戦もいよいよ佳境。
この漫画、西島秀俊氏主演で映画化されて、来年、公開されるそうです。
楽しみだな。
この漫画、とてもリアルなんですが・・・危機感を抱いている日本人はどれだけいることやら・・・。
来年あたり、映画化どころか、実際に起こったりして・・・ね。
では!

2018年3月28日 (水)

長篠古戦場を巡る(後半)

みなさん、こんばんは!
私、今日から新しい職場でお仕事です。
横浜の出城からdoor to doorで、座って行こうと思うと、朝は約1時間40分、帰りは約1時間10分。
けっこうかかります。
まぁ、首都圏ですからね、こんなものです。

さて、長篠古戦場巡りの後半です。
始めに、この地図をご覧下さい。
長篠古戦場の地図です。

1
これに赤丸数字で番号を記しているところが、私が写真を撮った所。
写真にも右肩に同じ番号を付けていますので、この地図と見比べながら読んでいただければ、分かり安いかな?

先ず、向かったのは、武田勝頼の本陣跡です。
小高い丘の鬱蒼とした杉林の中を地図を頼りに200mくらい歩きました。
「本当にこっちで良いのかな・・・」少し心配になった時、看板が見えてきてホッと一安心。

2
到着したその場所には、「武田勝頼観戦地」の碑が建っていました。
当時、この辺りは禿げ山で、決戦場の連吾川周辺を眼下一望に見渡すことが出来た様ですが、現在は杉の人工林になっていて、展望は全くありません。

3
5月21日早朝、この場所を中心に南北に長く展開した武田勢1万5千は、連吾川を挟んで西方に展開する3万4千と伝わる織田徳川連合軍に突撃を掛けて行ったのでしょうね。
しかし、織田徳川連合軍の作った大量の馬防柵と1,000~1,500丁も揃えていたと言われる鉄砲の前に、戦国最強と云われた武田騎馬隊も次々と倒されて行き・・・戦況は時を追う毎に武田方に不利になってゆきます。
武田勝頼は堪らず、本陣を約300m西方の連吾川を見下ろす丘に前進させるのですが、
それが次の写真の場所で、

4
「武田勝頼公指揮の地」という石碑が建っていました。
5
今は、この場所からも連吾川を見る事は出来ませんが、武田勝頼は次々と撃ち倒されて行く自軍の兵を目の当たりにして、何を思ったのでしょうね。
こんなことを想像していると時間は瞬く間に過ぎて行きます。
おっと、全てを回れなくなる・・・。
次は織田信長本陣へ。
ここは簡単でした。
新東名の長篠設楽原パーキングエリア(下り線)から歩いて行くことが出来ます。

6
一般道側の駐車場に愛車を駐めて、隣接する小高い丘「茶臼山」を登ります。
7
山頂には小さな稲荷の社と、かつてここに信長の本陣があったことを示す石碑が建っていました。
8
ここからも、東側にあたる連吾川方面は杉林に阻まれて見る事が出来ません。
見えるのは、西側のパーキングエリアだけです。

9
こういう所が残念ですね。
史跡とするならば、古戦場を見渡すくらいに整備して欲しいものです。
信長はここから連吾川方面の戦況を見下ろして、実に痛快だったことでしょうねぇ・・・。
この後に向かったのは、徳川家康の本陣です。
信長の本陣から南東へ800m位のところにありました。
現在は、「八剱(やつるぎ)神社」になっています。

10
この位置関係を見ると、家康本陣はかなり前面に配置されていたことが分かりますね。
さて、いよいよ最大の激戦地と伝わる場所へ。
連吾川の東側に再現された馬防柵です。
ちょうど、武田勝頼本陣の前面、つまり連吾川を挟んだ西側に再現されていました。


11
まぁ、これで突撃してくる武田の騎馬隊を防ぎ、織田徳川連合軍は、柵の内側から鉄砲を射かけたのでしょうね。
下の写真は激戦地の碑がある柳田前の連吾川から見た馬防柵の再現地です。
(写真の中央からやや右、山陰になっています。)

12
ここは現在も田圃ですが、当時も同様でかなりの湿地帯だったようです。
当時は旧暦の5月21日、概ね現在の6月下旬ですから梅雨の真っ盛り。

13
武田勢は泥濘に足をとられ、鉄砲で狙い撃ちにされて多くの死傷者を出したそうです。
傍には、この場所で討ち死にした武田の名将「甘利信康」の碑が建っていました。

14
ちょうどこの上の山が勝頼の本陣になる訳です。
15
さて、最後は長篠城址へ。
古戦場からは、2km以上西方になります。

16
ここには、お城風?な資料館「長篠城址史跡保存館」が建っていました。
入口では、有名な鳥居強右衛門の磔を表した鬼瓦がお出迎え。

17
館内は・・・これと言って興味を惹かれる様な展示物はありませんでした。
18
早々に出て、城址を見学します。
城址自体は内堀が残っているだけかな?

19
城内は広場の様になっていて、何カ所かに「長篠城本丸跡」という碑や看板が建っていました。
20
では、鳥居強右衛門さんが磔にされた場所へ。
その場所は実に分かりづらく、簡単な案内図と愛車のナビを見比べながら何とか到着することが出来ましたが、着いた所は田圃の畦道でした。

21
そこには「鳥居強右衛門磔死之跡」と記された石碑が建っていました。
22
これで時計を見ると既に4時過ぎです。
これから出発しても帰宅は6時近く・・・。
女房は、もう外食だと決めている様・・・。
本当はもう少し巡りたかったのですが、これで終了。
新東名の入口にあった道の駅に寄って慌ただしく買い物をして、家路を急ぎました。

23
で、買ったのはこの地酒。
奥三河のお酒とのこと。
いつ飲めることやら分かりませんが、美味いと良いな。

夜、ウィスキー片手に、「影武者」もあらためて視直してみました。

24
長篠の戦いは、この映画のクライマックスなんですが・・・う~ん、イマイチだったかな。
時代考証もちょっと難ありで・・・。

長々と書いてしまい、最後まで読んで下さった方、ごめんなさい。
古城や古戦場巡りも、私の趣味なんですよ。
女房は呆れていますがね。
それでも、付き合ってくれています。
では!

2018年3月22日 (木)

ちょっと中休み

みなさん、こんばんは!
長篠古戦場を巡るの後半を書きたいところですが、「ネタ無し用」に貯めていた小ネタが腐りそうなので、先にこちらをアップします。

【なごり雪?の大雪】
昨日、春分の日の大雪は凄かったですねぇ・・・。
横浜は、なごり雪とは言えないくらい凄まじい雪でした。

1
私は朝から車で出社して引越準備。
机やロッカーの私物をまとめて、セッセと段ボールに詰め込んでいたのですが・・・

2
窓の外は春とは思えない風景でした。
この後、まとめた荷物を次の職場まで運んでいると、車内から見る家々の屋根は薄らと雪が積もっていましたよ。
温暖化?氷河期?変な気候ですね。

【CP+】
今年も3日に行ってきました。

3
CP+は毎年、みなとみらい地区のパシフィコ横浜で開催されています。
4
昼過ぎに行ったのですが、会場は大混雑でした。
5
マウンテンパーカーを羽織っていたのですが、人の熱気で暑くて暑くて・・・
6
いやぁ~夢の空間ですねぇ・・・。
7
見るだけ・・・ため息が出ます。
8
とりあえず、買うことも出来ないカメラやレンズのカタログを沢山貰って、会場を後にしました。
9
次の職場は多少は給料が良い?そうな。
小遣い増えると良いな。
で、カメラが買えると良いな。

【新しい彼女です】
転勤も間近になったので、ここ数日は離任の挨拶回りです。

10
この会社には、当分来ることはないだろうなぁ・・・。
11
で、売店に立ち寄って買ったのがこれ。
ご当地フチ子シリーズ「女性自衛官のフチ子(海上自衛隊バージョン)」です。
陸・海・空と3バージョンあったのですが、海自をチョイス。

12
さっそく彼女に晩酌のお付き合いをお願いしました。
13
うん、可愛い!
私の新しい彼女ですよ。

と、いうことで、次回こそは長篠古戦場を巡るの後半を書きます。
では!

2018年3月20日 (火)

長篠古戦場を巡る(前半)

みなさん、こんばんは!
私は、3月28日付で異動。
昨夜は送別会で盛大?に送られました。
明日の春分の日は、会社の私物を整理して段ボールに詰め、新しい職場へ持って行こうと思っています。
横浜の本社勤務もあと一週間・・・。

3月10日、長篠の古戦場を巡ってきました。
きっかけは、この本。
近衛龍春氏作の歴史小説「真田信綱」です。

1
真田物の歴史小説と言えば、その殆どが大阪の陣で有名な真田信繁公を扱ったものですが、これはその信繁公の伯父にあたる人。
武田二十四将の一人に数えられる武田騎馬隊200騎の侍大将です。
武田信玄に認められた剛勇の武将でしたが、天正3年5月21日の長篠設楽ヶ原の戦いで、織田鉄砲隊の前に、弟の真田昌輝と共に討ち死にしました。
織田信長も徳川家康も武田信玄も好きではない私は、長篠の古戦場にはあまり興味は無かったのですが、この本を読んでいるうちに無性に訪れてみたくなったのです。

で、女房を愛車に乗せて清水の自宅発。
新東名高速道路を西へ、長篠古戦場のある愛知県の新城市へと向かいました。

2
この道、有名な時速110km制限(大型トラックは80km)の区間です。
片側3車線で、スイスイ・・・いえいえ、どの車も皆カッ飛ばしてます。
私が左車線を110kmで走っていると、その右側を他の車が130kmくらいで抜いて行きます。
ちょっと恐ろしいですよ。
110km制限って試行だそうですが、私は元に戻した方が良いと思うなぁ・・・遅い車も多いのだから。

3
約1時間半で新城市着。
先ずは情報収集を兼ねて、「新城市設楽原歴史資料館」へ向かいました。

4
この資料館は古戦場の武田勝頼本陣付近に位置しています。
11
後で訪れる予定の「長篠城址史跡保存館」との共通券400円を購入して入館しました。
5
館内は、甲冑に馬防柵のレプリカを始めとして、
6
長篠設楽ヶ原の戦いの古戦場に相応しい、多くの火縄銃が展示してあり、なかなか見応えがありました。
7

9
最後に、黒澤明監督作品の「影武者」のポスターが・・・
10
そういえば、この映画は長篠設楽ヶ原の戦いがクライマックスだったなぁ・・・。
また観たくなりました。
日帰りなので、あまりノンビリもしていられず、この館の方に真田兄弟の墓の場所を聞いて出発です。
田舎道をクネクネと進み、最後は軽自動車1台がやっと通ることが出来る様な田んぼの畦道を走って、ようやくそれらしき場所に到着。

12
杉山の麓に何本か幟が立っていたので、それと見当が付きました。
近づいてみると、由来を記した看板があります。

13
どうやら、真田兄弟の他に、兄弟と共に亡くなった真田家の家臣の墓もあるようです。
14
右端のひときわ大きな墓が真田信綱、昌輝兄弟のもの。
15
う~ん・・・感無量です。
この付近で討ち死にされたのか・・・。
ここは武田側から見て、右翼のさらに右側になります。
正面は・・・羽柴秀吉、丹羽長秀の陣。
馬上で青江の太刀を振りかざし、織田軍に突撃する真田信綱が、今、目の前を駆け抜けて行った様な気がしました。

16

さて、昼になったので、古戦場巡りは中断して何か食べに行くことに。
土地勘は無いので、Googleに「近くの蕎麦屋」と音声入力すると、この蕎麦屋さんに案内してくれました。

17
なにやら多目的施設の中にあるお蕎麦屋さんでした。
少し躊躇いましたが、他をあたる時間が勿体ないので入ることに。
とろろそば定食1,200円をオーダー。

18
お味は・・・メインの蕎麦は、国産の二八蕎麦とのことでしたが、ごく普通です。
でも、他が美味かった。
ちらし寿司やフキノトウの天ぷら、刺身コンニャク、蕎麦海苔巻はGoodでした。
食後は、また古戦場へと戻りましたよ。
続きはまた近いうちに。
では!

«蒲原城址