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2018年9月18日 (火)

九州墓参旅行・二日目 その1

みなさん、こんにちは!
私は今日で夏休みは終わりで、夜には横浜へ戻ります。
6日間も休むと、もう仕事へ行く気が起こりません。
あぁ、明日から仕事だ・・・。

さて、前回の続きです。
翌朝の北九州はどんよりと曇り空。

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ホテルの窓から見ると、夜中に降ったのか路面が濡れています。
さて、せっかく来たのだから、午後の新幹線までどこかへ行こう。
と、ホテルを出て、とりあえずうどんを食べながら協議。
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朝は、かしわうどんをチョイス。
美味い!やっぱり、九州はかしわ(鶏肉のことです)だね。
で、関門海峡を渡って下関へ。

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我々、北九州市内には、あらためて行きたいような観光施設はないからねぇ。
うどん屋から約45分で到着。
先ずは、関門トンネル人道の傍に「みもすそ川公園」というのが整備されて、そこに平知盛の像が建っているとか。
行ってみました。
人道の駐車場に車を駐めて・・・公園は国道を挟んで向かい側です。
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「壇の浦古戦場址」の碑がありました。
平成16年かぁ・・・知らないはずだ。
昔、この辺って何だったかなぁ・・・。
これだこれだ、この像だ。
傍には「安徳帝御入水之処」と記された碑もありました。

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と、言うことは、あぁ、ここは早鞆の瀬戸か・・・思わず海峡を見てみると、当にこの時の潮は西流で、激流の様に流れていました。
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う~ん、意図して訪れた訳ではありませんが、まるで「子午線の祀り」の舞台が整ったかの様で、何とも感慨深いものがありました。
感慨に浸っていると、海峡を周防灘から玄界灘へと渡る大きなコンテナ船が、まるでモーターボートの様な速力で走り抜けて行きます。

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早鞆の瀬戸の潮流は、最高に早い時で10ノットくらいあるので、大きな船でもまるで高速船の様になるのです。
こんな海の難所を舞台に、壇之浦の合戦が戦われたのです。
さて、像は・・・

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平知盛の像は、何だ?歌舞伎の碇知盛を再現した様です。
う~ん・・・知盛は平家の大将。
最後は「見るべきほどの事をば見つ。今はただ自害せん。」と言って、重しとして鎧を2領着込み、入水したはずなんですが・・・。
さて、義経は?

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これは有名な八艘飛びですね。
この壇之浦の合戦で、卑怯にも非戦闘員である水夫(「かこ」と読みます)を射らせることにより、勝利を引き寄せた義経。
こんな卑怯な奴は許さんとばかりに平家の猛将平教経が追い詰めますが、身軽な義経はひらりひらりと船を飛び渡りながら逃げて行ったという場面。
何だかこの2体の像を見ていると、義経の八艘飛びを描くならば、義経の対は
知盛ではなく教経の方が相応しい様な気がしました。
おまけに、肝心の知盛は歌舞伎の碇知盛だものなぁ・・・この2体の像、所謂、判官贔屓の人が作成したのでしょうねぇ。
少し、ガッカリです。

さて、この公園、この像の横には、馬関戦争当時の「壇之浦砲台」が再現されていました。

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幕末に長州藩が攘夷を決行して、フランス、イギリス、オランダ、アメリカと戦った際、四国艦隊を砲撃した砲台ですね。
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これは実物大の模型ですが、本物は青銅製で丸い砲弾を撃ち出す物だったとか。
結局、四国艦隊の近代的で圧倒的な火力には殆ど無力で、長州藩はあっけなく敗北。
これで目覚めた長州藩は、攘夷を放棄して近代化を決意。
薩摩藩と薩長同盟を締結して討幕へと向かうのです。
ここがその舞台なんですねぇ・・・。

好き勝手な持論を書いていると、随分と長くなりましたので、続きはまた後日ということで。
(二回に分ける程の内容ではないのですが・・・)
 
あぁ、私の家族はね。
親父は全く興味が無いとのことで車から降りず、女房は付き合いましたが、つまらなそうだったので、像の前で記念写真だけ撮ってやりました。

では!

2018年9月16日 (日)

九州墓参旅行・一日目

みなさん、こんにちは!
私は今、夏休み中です。
何もなければ18日までの予定。
それで、13日~14日の間、一泊二日で、小倉まで墓参旅行に行ってきました。
例年であれば、二泊三日で墓参の後に九州旅行なんですが、今年は女房が大病した関係で予算も少なく・・・。
墓参だけになってしまいました。
まぁ、女房が墓に入らなかっただけ御の字ですがね。

13日早朝、女房と親父を連れて新幹線で静岡発、10時半には小倉駅に着きました。
とりあえず、ハーロックに到着を報告です。

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今年も無事、帰って来ることが出来ましたってね。
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それからレンタカーを借りて、さあ出発です。
先ずは、うどん屋さんへ。

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小倉へ帰って来たら、何はなくともうどんを食べないとね。
墓参りよりも優先ですよ。
私は「ごぼ天肉うどん」をチョイス。

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う~ん、美味い!
この甘辛い出汁にコシの無い麺が絶妙にマッチしています。
食べながらつくづく思います「うどんにコシは要らんけん!」ってね。
食後は、メイン行事である墓参りです。
我が家の墓から始めて、母方の墓へ。
そうして最後は愛犬の動物霊園です。
3か所も回り、親戚の家に顔を出すと3時近くになりましたので、ホテルにチェックイン。
夜、私は別行動で、高校時代の友人と飲み会です。
小倉の美味い酒、美味い肴をそこそこ飲んで食って、最後のシメは、これまたいつもの「丸和前ラーメン」。

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小倉に昔からある屋台のラーメンです。

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もちろん、とんこつラーメンですよ。
小倉で飲んだら、シメにはこれを食べないとね。

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昔ながらの小倉ラーメン・・・。
しみじみ美味いです。
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食べ終わって、フラフラしている友をタクシーに乗せた後、私はホテルへ帰る訳ですが、少し酔い覚ましに散策しました。
これ、前から気になっていたホテルの前の「中の橋」にあるモニュメントです。

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頭が竹輪?マカロニ?
変わったモニュメントです。
「宇宙七曜星の精」と題名がありました。

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どうやら宇宙人だそうです。
いや、どう見てもチクワ星人だな。
こんな一日目でした。
続きは、明後日にでも・・・。
では!

2018年9月 9日 (日)

ネタ無し(日々、徒然・・・)・32

みなさん、こんばんは!
さて、ネタがありません。
今回も無理矢理絞り出した小ネタで更新です。

【一番好きな食べ物】
私、この世で一番好きな食べ物は「鰻重」です。
「明日死ぬとしたら、最後に何が食べたい?」と、聞かれたら、迷わず「鰻重」と答えます。
そのくらい好きなのですが・・・昨今、鰻はお高いですからね。

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単身赴任の身としては、普段は「すき家の鰻丼」で我慢しています。
これで1,190円ナリ。
まぁ、・・・値段の割にはそこそこ美味いですよ。
鰻の味はします。
こんな鰻丼でも無性に食べたくなり、我慢が出来なくなって「すき家」に駆け込みむことも二度三度・・・。
先日、こんな私を見かねて、親父が久しぶりに奢ってくれました。

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これよこれ!
じゃぁ~ん!

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美味い!!!
やっぱり、「すき家の鰻丼」とは別物ですね。
お値段も豪華で4,200円ナリ。
いつでもこれが食べられる様な身分になりたいものです・・・。

【箪笥の肥やし】
夏休みを取ってウラジオストクに遊びに行った部下が帰国しました。
で、これがお土産。

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カッコウいい?
戦闘機はロシア最新鋭のSu-35S・・・だろうな。
パイロットはプーチンさんだな。

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で、書いてある上の文字は・・・なんと「アサドを助けろ」
下の文字は「ロシア航空宇宙軍」
背中は・・・

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同じく「アサドを助けろ」だ・・・。
パロディなのか本気なのか・・・。
こんなの着て街を歩いたら、日本に潜伏している反アサド派に殺されるだろうな。
着られません。

【箪笥の肥やし・2】
そう言えば、箪笥の中に同じ様な物が眠ってたな。
これこれ・・・。

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昔、横須賀支社勤務だった頃、キティの艦内売店で買ったヤツ。
湾岸戦争勝利記念Tシャツです。

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これも着て街を歩いたら、誰かに刺されるなって思って着ていません。

【箪笥の肥やし・3】
そう言えば、こんなのもあったな。
これこれ・・・。

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貧乏人Tシャツ?
昔、日比谷公園でヒダリマキの人達が集会をやっていて、面白そうなので覗いたら、これを売っていたので何気なく購入。

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当初は、面白いTシャツだから着ようと思っていたのだけれど、これはやっぱり恥ずかしい。
着て歩く勇気は無いな。
だから一度も着ていません。

【箪笥の肥やし・4】
Tシャツじゃぁないけれど・・・。
これ、ウサギの毛皮の帽子です。

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25~27年前?だったかな。
2月に北京に行った時に現地の友誼商店で購入。
まだ、外国人は兌換券だった時代です。
厳冬の北京に1週間、この帽子はとても暖かくて手放せませんでしたよ。

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内側はこんな感じ。
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北京の毛皮帽子工場の製品。
この当時の中国人は真面目で、しっかり作ってありました。

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成田に着いて、この帽子を被ったまま電車に乗って・・・ふっと周りの刺すような視線に気付いて脱ぎましたよ。
以来、一度も被っていません。
暖かいんだけどなぁ・・・。

そういえば、ロシア土産はTシャツと缶詰が一つ。

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ウラジオストク製のサンマの缶詰だそうな。
美味いのかな?
まぁ、中国製よりも安心は出来るだろうな。

以上、無理矢理絞り出した小ネタでした。

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では!

2018年9月 3日 (月)

一番搾り???

みなさん、こんばんは!
また、台風が接近していますね。
この台風は、非常に強い勢力の台風ですから、おそらく罹災は避けられませんが、せめて、それが少しでも小さいことを祈るのみです・・・。

先日、会社の有志で、暑気払いを兼ね、キリンの工場見学へ行きました。

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当日は、各自が時間休を取って2時半に横浜の生麦にある「キリンビール横浜工場」に集合。
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キリンの一番搾り生ビールが出来る工程を見学してきました。
私、横浜に出て30数年、この工場の存在は知っていましたが、これまで訪れたことはありませんでした。

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何故って、私、昔からビールはアサヒ派なんです。
(新聞は産経ですよ。)
と、言っても特にこだわりはありません。
私が子供の頃、うちの親父が「ビールはキリンに限る!」なんて言っていたことから、反発した次第。

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でも、実際にアサヒのスーパードライは美味いからね。
一番搾りなんて、「じゃぁ、2番目以降はどうするんだ?」って、インチキ視していました。

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そんな私なので、ここがアサヒビールの工場だったら良かったのに・・・って思ってましたよ。
見学は約1時間。
ガイドのおねーさんが付いて、丁寧に解説してくれました。

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一番搾りに使われている麦芽の試食やホップの香りの体験や・・・
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私が一番疑問だった一番搾り麦汁と二番搾り麦汁の飲み比べを体験することが出来ました。
判ります?左の色の濃いヤツが一番搾り麦汁で右の薄いヤツが二番搾り麦汁なんです。

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もちろん、味は歴然で、一番搾り麦汁は濃厚です。
ビールは通常、この二種類の麦汁を混ぜて作るのだそうで、一番搾り生ビールは、この一番搾り麦汁しか使用せず、二番搾り麦汁は搾らないのだそうな。
試飲した二番搾り麦汁はラガーの物だとのこと。
なるほどね。

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あと、ビールが缶詰される過程の機械や行程を見て終了。
さぁ、待ってました!試飲コーナーへ移動して、いよいよ試飲です。

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ここでは、3種類の一番搾りビールを試飲することが出来ます。
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普通の一番搾りと、一番搾り黒生、そうして一番搾りプレミアムの3種類を350mmは入ると思われるグラスで計3杯です。
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美味い!!!特にプレミアムが最高でした。
おつまみに「キリン工場限定 柿の種 チーズ味」が一袋付き。
これがまた、美味い。

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こんなに楽しんで、 「無料」 なんですよ。
堪えられませんね。
この試飲だけで、けっこう酔いが回ってしまいましたが・・・
試飲の後は、予約していた工場内のレストラン「SVB YOKOHAMA」へ。

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ここでは、6種類のクラフトビールを飲むことが出来ます。
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このレストラン、醸造所が併設されているんだそうな。
ビール飲み放題で5千円のコース。
と、いうことで、徹底的に吞みました!!!

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これが何とも美味い!!!
もちろん、6種類のビールを通常のグラスで全て飲んでみましたよ。

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散会となって、フラフラと生麦駅まで歩いて・・・電車に乗って(眠いのを堪えて)・・・金沢文庫駅で無事に下りて・・・我が横浜の出城までヨロヨロと歩いて・・・
まぁ、何とか無事でした。
翌日の仕事が辛かったこと・・・ビールくらい幾ら飲んでもと、舐めてましたが・・・私も弱くなったなぁ・・・。

それで、試飲会場に併設された土産店でこれを買いました。
「一番搾りビールクッキー&ホワイトチョコレート」です。

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一番搾り生ビールをクッキーに練り込んであるそうな。
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もちろん、ノンアルコールですよ。
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肝心のお味は・・・うん、北海道土産の「白い恋人」でした。
それと、これ。
キリンTシャツです。

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両サイドに麒麟の図柄が大きくプリントされていて素敵でしょう?
次の大瀬崎ダイビングに着て行こう!

こんなビール工場見学でした。
あぁ、キリンビールって横浜が発祥の地なんですよ。
ご存じでしたか?
そんなこんなで、少しだけキリン一番搾り生ビールが好きになったかな。
では!

2018年8月28日 (火)

鋼の虎たちの祭典

みなさん、こんばんは!
関東は、また、暑さがぶり返して来ました。
台風20号一過以来、暑いですよ~。
早く秋にならないかなぁ・・・。

そんな酷暑の中、25日の土曜日に、御殿場まで鋼の虎たちの祭典を観に行って来ました。
「平成30年度 富士総合火力演習」です。
マニア達は、「そうかえん」って言ってますね。
先日、自衛隊の友人から25日の券を2枚いただきました。

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駐車場付きで、なんとスタンド席。
これは無駄に出来ないな。
女房を誘ってみると、一昨年の「そうかえん」の時、シート席(所謂、地べた席)で懲りたから行きたくないと言います。
今回は貴重なスタンド席なんだから、無駄にするとせっかく手に入れてくれた友人に申し訳ないだろうと説得し、渋々一緒に行くことを承諾させました。
それで、当日は早朝6時に愛車に女房を乗せて清水の自宅発、会場である御殿場へ向かいました。
前日に台風20号が通過しているのに、会場周辺の空は曇り空。
8時に着いて会場に入ってみると・・・既にスタンドの半分位は埋まってます。
早く来て良かった。
スタンドの中段位の席を確保して、時折パラパラと小雨が降る中を演習開始までの2時間、じっと待ちました。

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10時、演習開始の頃には、すでにスタンド席はもちろん、前方のシート席も立錐の余地も無いほどの超満員です。
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さぁ、演習開始です。
前段の皮切りは、特科火力の射撃。
99式自走155mmりゅう弾砲の射撃でした。

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外見は戦車みたいですが、これは自力で走る大砲なんです。
続いて155mmりゅう弾砲FH70の射撃です。

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最後は一斉射撃です。
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着弾する度に客席から歓声が上がりました。
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次は迫撃砲の射撃です。
これは120mm迫撃砲RT

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次は普通科の火力で、96式装輪装甲車
搭載された12.7mm重機関銃の射撃です。

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同じく搭載された、01式軽対戦車誘導弾の発射。
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そうして、89式装甲戦闘車が射撃して終わり。
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次は、戦闘ヘリコプターの登場。
対戦車ヘリコプターAH-1Sです。

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20mm機関砲を射撃中。
(あぁ、AH-64Dが見たかったなぁ・・・。)
次は対空火力として、87式自走高射機関砲の登場。

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35mm連装機関砲の射撃は壮観でした。
前段の最後は、戦車の登場。
先ずは、16式機動戦闘車です。

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将来、尖閣諸島奪還作戦が行われる時は、おそらくこの車両が陸上の主役になるのでしょうね。
そうして、最新鋭の戦車である10式戦車の登場。

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う~ん、素晴らしい!
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120mm砲をド~ンと撃つと、凄まじい発射音と爆風が観客席を突き抜けて行きます。
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一瞬、顔が熱くなるほどで、横に座っていた小学生くらいの子供が顔を引きつらせていました。
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最後は90式戦車です。
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これも10式戦車に劣らず凄まじい迫力でした。
これで前段が終了し、15分間の休憩を挟んで後段の開始です。

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後段は、何処かの国に占領された我が国の島を奪還するという一連の戦闘、部隊が配置され、機動展開し、最後に奪還するまでをストーリー仕立てで見せてくれます。
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これまでに登場した兵器に加え、水陸両用車等も登場しました。
(ストーリーは、おぼろげにしか憶えていないので、写真だけ貼ります。)

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なかなか面白かったですよ。
これなら、尖閣諸島は安心だ(たぶん)と、思いました。
後段が終了したのは、12時15分頃だったかな。

曇り空で空挺降下が中止になる等、ちょっと残念なところもありましたが、演習中は雨も降らず、十分楽しませてもらいました。
私は、この曇り空に安心して、日焼け対策を怠った結果・・・

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あぁ、恥ずかしい。
翌日、会社で笑われました。
では!

2018年8月22日 (水)

最近、少し嬉しかったこと。

みなさん、こんばんは!
今年は異常気象なんでしょうねぇ・・・。
台風19号、20号と2つも北上して来ています。
これで関東はまた蒸し暑さが戻り、西日本はこれから大変。
また、大きな被害が出なければ良いのですが・・・。

今日は小ネタを集めた「最近、少し嬉しかったこと」で更新です。
【檸檬オリーブオイル】
呉に帰っていた女房の友達からいただいたお土産です。

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檸檬オリーブオイル・・・うん?小豆島産?
細かいことは気にしない。
美味ければそれでよし。
その方曰く、素麺のつゆに入れると美味しいよのこと。
さっそくやってみました。

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あぁ、これは美味い!
檸檬の風味がするさっぱりつゆです。

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厳しい残暑のお昼にはピッタリですよ。
この夏、食べ飽きた素麺でも、これを少しつゆに入れるだけで、また何束でも食べられそうです。

【今年も届きました】
横浜の姉(正確には叔母です)から、今年も届きました。

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横浜生まれのぶどう「藤稔」です。
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姉の家の近所の農家さんが作っているのだとか。
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このぶどうは、大粒で種が無くて甘~い!
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姉ちゃんいつもありがとう!

【今年も出品しました】
今年も静岡県立美術館で開催された、「第27回 2018静岡県写真愛好者芸術展」に作品を出品することができました。

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去年は、女房の手術だ入院だで、それどころでは無かったからねぇ。
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去年、出品出来なかった作品を含めて、今年は2点出品です。
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今回、この芸術展に出品された作品数は計160点とのこと。
私の作品はどこかなぁ・・・あったあった!

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         「イシダイの幼魚の群れ」
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              「マトウダイ」
さて、女房を前に立たせてヤラセ写真を1枚。

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はい、これで終わり。
また来年です。

【出演???】
私は、こういうジャンルのDVDなんて、まず買わないのですが・・・今回、買ってしまいました。

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なぜ?
はい、実は2年位前に、この映画の制作スタッフの方からメールをいただきました。
用件は、このブログに貼っている富士山の写真を映画で使わせて欲しいとのこと。

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私的には、別に支障は無いので、どうぞどうぞ!です。
お礼に私の名前をエンドロールに載せてくれるとのこと。
ふ~ん、それは楽しみだ。
映画館へ観に行こう・・・と、思っていたのですが、昨年、封切りの数日前に女房の病気が明らかとなり、即手術、そうして長期間の入院治療・・・映画どころではなく、すっかり忘れていました。
すっかり忘れていたところ、先日、WOWOWの番組表を見ていたら、この映画が載っている。
あぁ、そう言えば・・・視てみました。
おっ、提供した写真がちゃんと使われている!

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そうして、エンドロールには・・・あった!私の名前!
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ちょっと嬉しい気分でした。
で、さっそくDVDを購入という訳です。

以上、私の「最近、少し嬉しかったこと」でした。
では!

2018年8月15日 (水)

ネタ無し(日々、徒然・・・)・31

みなさん、こんばんは!
毎日暑いですねぇ・・・。
食欲もイマイチありません。
で、先日、清水へ帰った時に、無性にこれが食べたくなって・・・

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「鐘庵」の「桜えびおろしそば」です。
さっぱりおろしそばに甘い桜えびのかき揚げ・・・う~ん、美味いです。
まだまだ夏は続きますねぇ・・・。
あぁ、海に潜りたいなぁ・・・。

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【リッチだなぁ】
先日、会社の傍のビジネスジェット駐機場に見知らぬ飛行機が・・・。
フェンスにはカメラ小僧?が2人貼りついて、隙間からこの飛行機を撮っていました。

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何だ???
会社の事情通に聞くと、この飛行機はハリウッドスターであるトムクルーズ氏の自家用機で、新作映画の宣伝のために、つい先程来日したのだとのこと。
へぇ~~~自家用ジェットでねぇ・・・リッチだなぁ・・・彼が自分で操縦して来たのかなぁ。
彼は以前F-14トムキャットを操縦していたから、こんな自家用ジェットの操縦なんてチョロいのだろうな。
でも、あれっ?・・・よく見ると、この飛行機は4型じゃあないか。
フッ、俺の愛機は5型だぜ!・・・虚しい・・・。

【ちきゅう】
先日、会議に出席するため横浜のJAMSTECへ。

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会議は午後イチからだったので、早めに着いて隣接している「地球情報館」を見学。
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ここは地球深部探査船「ちきゅう」を運航しているところ・・・
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「ちきゅう」に関する様々な情報が展示されています。
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理屈が良く分からなくても、見て回るだけでも楽しいですよ。
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見どころは3Dスクリーンです。
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地球環境やJAMSTECに関する知識を学ぶことが出来ます。
もっとも、私がこの情報館に立ち寄るのは、これ等が見たいからだけではありません。
メインはグッズの購入です。
今回買ったのは・・・先ずは「ちきゅうTシャツ」
表のデザインは「ちきゅう」がドンと。

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裏のデザインはこんな感じ。
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chikyuの i から伸びたライザーパイプが素敵です。
当に「ちきゅう」って感じ。
うん、カッコウいい!ダイビングで着よう!
(せせらぎさん、このTシャツはよそ行き用ですよ!)
それから、「深海生物マグカップ」

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色んな深海生物と「しんかい6500」がカップの側面にデザインされています。
これもなかなか素敵でしょう?
面白いのは、カップの底に・・・

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「しんかい6500」発見!
「しんかい6500」の上部が見えます。
よくこんなデザインを思いつくなぁ・・・。
何だか使うのが勿体ない様な気がします。
もう私はすっかりJAMSTECのファン。

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もっと勉強して、こっちに入れば良かったなぁ・・・。
もっとも、学生時代にJAMSTECなんて知りませんでしたけどね。

ネタはこれで終わりです。
はやく夏が終われば良いのですがねぇ・・・。

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秋になったら、ダイビングも再開して・・・色々と楽しみな事が・・・。
それまで、夏の間は黙々とお仕事に励むことにします。
さて、次は何で更新しようかな。
ネタは無いなぁ・・・。
では!

2018年8月11日 (土)

甲斐武田氏滅亡の史跡を訪ねて(その3)

みなさん、おはようございます。
私、今日は休みですが明日は仕事なので、一日中、横浜の出城でグダグダの予定です。
もう外は暑いし・・・エアコンの効いた部屋で、DVDでも視て過ごすかな。

では、前回の続きです。
「景徳院」を後にして・・・さて、次は「恵林寺」へ。
で、隣の女房は・・・つまらなそう・・・。
まぁ、彼女には武田氏滅亡なんて言っても何の事だか分からないし、興味も無い。
大河ドラマの「真田丸」は毎回楽しみにして視ていたくせに・・・。
私が「ほら、あの時のシーンで・・・それが、ここなんだよ」なんて、武田勝頼の最後のシーンの説明をしても、「そうだっけ・・・」で終わり。
このまま「恵林寺」へ行っても・・・って、思いながら走っていたら、愛車は勝沼市街地へ。
周りにブドウ畑が広がります。
すると・・・ワイナリーが目に入りましたので、思わず停車。

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蒼龍葡萄酒株式会社というのだそうな。
入ってみると・・・

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けっこうお客さんで賑わってます。
地酒のワイン、せっかくだから、何か買って帰ろうか・・・女房も楽しそうに眺めています。
「あっ、試飲やっている・・・飲んでみれば?」
女房に勧めると、早速1本手にとって・・・グイッと・・・

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次はこれ。・・・で、次はこれ・・・。
「もう、酔っ払いそう(笑)」とか言いながら5~6本を試飲???
で、これが美味しいと言った物を3本お買い上げです。

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まだ開けていません。
いずれ飲んでみようと思うのですが・・・実は私はワインが苦手?飲まない訳ではないのですが、日本酒やワインはあまり好みでは無いのです。

さて、ワイナリーはそこそこに「恵林寺」へ向けて再出発です。
かなり渋滞した甲州市内を抜け・・・1時過ぎにようやく到着。
先ずは昼ご飯です。
暑いし、さっぱりと蕎麦が食べたいな・・・。
参道?の傍のお土産屋さん兼業の食堂に入りました。
で、これを食べたのですが・・・

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う~~ん、・・・山梨はやっぱり「ほうとう」なのかな・・・。
さて、参詣です。
先ず、有名な三門へ。

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「恵林寺」は甲斐武田氏の菩提寺。
武田氏滅亡の時、織田信忠はこの寺に逃げ込んだ武田の遺臣達を引き渡すように住職の快川和尚に要求、和尚はこれを断ったことから、怒った信忠は兵を差し向けて寺を焼き討ちにしたのです。
この時、快川和尚をはじめ寺の僧侶百名がこの三門に押し込められ、火をかけられました。
快川和尚はこの門上で、「安禅不必須山水、減却心頭火自涼」と遺偈を発して火定したと伝わります。
有名なお話ですね。
この遺偈が再建された三門に掲げられています。
これが見たかった・・・。
三門をくぐって、正面の「開山堂」へ。

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ここで参詣。
さて、本堂へ入ろうか・・・と、迷いましたが、帰りの時間も考え、止めて「信玄公宝物館」へ入りました。

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この日はやたら暑かったし・・・私はこちらの方が興味あるしね。
内部は残念ながら撮影禁止。
展示物は、武田信玄の佩刀や軍配、孫子の旗等が展示してありましたが、・・・イマイチだったかな。
これで終了、「恵林寺」を後に自宅へと帰りました。
一度見てみたかった甲斐武田氏終焉の地を訪れることが出来ただけで、まぁ、満足な一日でしたよ。

次の更新は・・・もうネタが無いなぁ・・・。
では!

2018年8月 9日 (木)

甲斐武田氏滅亡の史跡を訪ねて(その2)

みなさん、こんばんは!
台風、そんなに強風や大雨をもたらさずに東京を通り過ぎて行きました。
私は昨夜、会社で泊まり。
一晩中、緊張してましたが、ちょっと拍子抜けでなにより。
この先、進路にあたる東北地方も無事だと良いのですが・・・。

では、前回の続きです。
「鳥居畑」から「景徳院」までは短時間で到着。
車で2分くらいだったかな。
参道入口の総門の前は広い駐車場になっていました。
この駐車場からは、日川の姫ヶ淵へ下りることが出来る様になっており、そこには北条婦人(勝頼の継室、正妻)と16人の侍女を描いたレリーフが建てられていました。

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ここで北条婦人に従ってきた侍女16人が自刃したり身を投げたのだそうです。
しみじみ見てみると・・・何とも哀れですねぇ・・・。
さて、総門をくぐります。

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この総門に向かって右側には、「武田勝頼公廟所」と記された石碑が建っていました。
紫陽花が咲く参道を山門へと向かいます。

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これが山門。
このお寺で最も古い物だそうですが、一度火災で焼け、天保6年(1835年)に再建されたのだとか。

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そうしてこれが本堂です。
先ずは参詣。

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このお寺は、元々武田勝頼終焉の地に、徳川家康が勝頼供養のために建てたもの。
この辺りで、武田勝頼は自刃したと伝わっています。

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次は墓参です。
3基並んだ塔の中央が武田勝頼、左が信勝、右が北条婦人だそうです。

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もっとも、このお墓は武田勝頼没後200年の遠忌である安永4(1775)年に建立されたものだそうですから、地下に遺骨がある訳ではないようです。
このお墓を囲むように、それぞれの「生涯石」が置かれていました。

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この石の上で武田勝頼が自刃したとのこと・・・。
享年37歳、実際は自刃ではなく、織田勢に討たれたという説が有力ですが・・・。
こちらが北条婦人のもの・・・。

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その傍には、辞世が書かれた石碑もありました。
「黒髪の乱れたる世ぞ果てしなき 思いに消ゆる露の玉の緒」
北条婦人、名前は何と言ったのか記録がないそうです(伊東潤氏の小説「武田家滅亡」では「桂」と呼ばれています。)が、小田原の(後)北条氏当主、北条氏康の娘として生まれました。

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所謂、「甲相同盟」の証人として勝頼の元へ継室として嫁ぎ、享年19歳であったと伝わります。
上杉謙信公の養子となった上杉景虎は兄にあたり、「御舘の乱」の際、彼女は勝頼に兄景虎救援を懇願し、これを受けた勝頼は景虎救援に出陣します。
しかし、狡猾な直江兼続の計略にかかった勝頼は目の前に積まれた黄金に目が眩み、中立を決め込んだため、景虎は敗れて自刃。
結果、勝頼は北条氏すらも敵に回してしまい、織田、徳川、北条と三方から攻められて終にはここ天目山麓で滅亡してしまう・・・。
愚かですねぇ・・・。
最後は「没頭地蔵尊」です。
「景徳院」の南側斜面にありました。

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ここは勝頼、信勝、北条夫人の遺骸を埋めた辺りに、近隣の人が首の無い地蔵を建てたことからそう呼ばれているそうです。
ここにも辞世の句を記した碑が建っていました。

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「おぼろなる 月もほのかに 雲かすみ 晴れて行くへの 西の山の端」 武田勝頼
「あだに見よ 誰も嵐の桜花 咲き散るほどの 春の夜の夢」 武田信勝
首の無いお地蔵さんに合掌してふと顔を上げると・・・傍にはヤマユリの花が咲き誇っていました・・・。

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これで、「景徳院」は終了です。

甲斐の虎と呼ばれ、上杉謙信公と激闘を繰り広げた武田信玄の甲斐武田氏もその子勝頼の代であっけなく滅亡してしまう。
「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり」・・・武田信玄の有名な言葉だそうですが、勝頼は家臣達に裏切られ、最後は「景徳院」近隣の百姓すらも織田徳川勢の案内をかってでたとのこと。
彼は偉大な父から何を継承し,何を学んだのだろうか・・・なんだかとても哀れでした。

とりあえず、私はこれで満足したので、つまらなそうな女房を促して出発。
次の目的地である「恵林寺」へと向かいました。
続きは、土曜日かな?
では!

2018年8月 7日 (火)

甲斐武田氏滅亡の史跡を訪ねて(その1)

こんばんは!
台風が近づいて来ますねぇ・・・。
明日は大雨かな。
出勤時に電車が止まらなければ良いのですが・・・。

さて、もうひと月くらい前になるのですが、7月15日に、甲斐武田氏滅亡の史跡巡りに行ってきました。
きっかけはこの本、

1
伊東潤氏の武田三部作?
読むうちに、一度、甲斐武田氏が滅びた天目山を訪れてみたくなりました。
で、女房には、「山梨まで遊びに行こう」と声を掛け、愛車で清水の自宅発。
天目山を目指しました。
(歴史物?興味が無いなと思われる方は、どうぞ以下はスルーして下さい。)

2
武田勝頼が最期を遂げた景徳院をナビに設定。
途中、女房から「山梨の何処へ行くの?」と聞かれましたが、説明したところで女房は歴史に興味が無いので、ただ、有名なお寺とだけ言っておきました。
中央自動車道勝沼インターを下りて国道20号を走り、「景徳院入口」交差点を左折して、

3
景徳院へと向かって走って行くと・・・
危うく行き過ぎる所だったのは、「四郎作」
道沿いの民家の横にひっそりと「史跡 四郎作古戦場」という碑が建っていました。

4
織田徳川連合軍が甲斐新府に迫る中、重臣である小山田信茂の居城岩殿城まで退却し、織田徳川勢を迎え討つことにした武田勝頼は、700足らずの軍勢で新府城を離れ岩殿城を目指しましたが、途中、次々と家来が逃走、ついには頼みの小山田信茂まで裏切り、とうとう行き場を失ってしまいました。
5
自分の運命を悟った勝頼は、武田家祖先の墓がある天目山栖雲寺を目指し、そこで最後の戦いを挑もうと栖雲寺へ向けて200にまで減った軍勢で歩き始めましたが、すでに行く手には、裏切り者の辻弥兵衛が徳川勢を率いて待ち構えていたことから引き返し、この「四郎作」まで戻って来た時、以前、自らの勘気に触れ蟄居を命じていた小宮山友晴が主君の窮地を知って、一人駆けつけたのです。
6
「譜代の臣でありながら、武田家最後の戦いに臨めぬのは末代までの恥辱、御盾となり高思の万分の一にも報いたい」と申し出た小宮山友晴に、自らの浅膚を詫び、蟄居を解いた勝頼は、「四郎作」の守備を小宮山友晴に任せ、自らは「四郎作」から100mくらい日川上流の「鳥居畑」に陣を張りました。
7
この碑の辺りに小宮山友晴は数十名の兵と共に陣を張り、迫る織田勢4千を引き受けて奮戦し、皆、壮烈な討ち死にを遂げた訳です。
当に武士の鑑、あぁ、漢ですねぇ・・・。

この「四郎作」から100m?位進むと、道端に石碑が・・・

8
「史跡 鳥井畑古戦場」とあります。
9
「四郎作」で小宮山友晴が織田勢を引き付けている間、ここで勝頼は嫡男の信勝に家督を譲る儀式を行います。
武田家当主となった信勝はこの地で奮戦、父の自刃の時間を稼ぐべく必死に防戦しますが、最後は織田勢が放った鉄砲に撃たれて動けなくなり、自刃して果てたと伝わります。
享年16歳。
信勝の最後を見届けた勝頼は、現在の景徳院がある地まで下がり、妻共々自刃して甲斐武田家は滅亡する訳ですが・・・続きは台風が去った後で。
では!

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