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2011年3月

2011年3月31日 (木)

宮古島①

今日もネタがありませんので・・・。

過去の写真から宮古島を。

私はここ10年くらい、毎年1度は沖縄へダイビングに行くことにしていますが、そのほとんどは石垣島です。

石垣島のダイビングサービスやホテルが気に入っているからなんですが、何回も行っていると、どうしても石垣島行きの飛行機が取れないこともあったのです。

そんな時はお隣の宮古島へ。

以前は、石垣島行きの飛行機は満席でも、宮古島行きは空席ありなんてことが多々あったのです。

最近は、島田紳助の番組のせいで、逆転しているようですがね。

宮古島もとても良い所です。

宮古島へ行っても行動パターンは石垣島と同じで、到着日と最終日がドライブ、中3日はダイビングです。

先ず宮古島の観光名所と言ったら、島の南東端にある東平安名崎(ひがしへんなざき)でしょうか。

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この岬の先端にも灯台が建っています。

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さて、肝心のダイビングですが、宮古島では洞窟ダイビングを楽しむことができます。

と、いうよりも、季節によっては半分くらいは洞窟に連れて行かれます。

暗い洞窟に、水中ライトを片手に入って行くのは、ちょっとした冒険気分ですよ。

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宮古島には大きな川が無く、したがって水は石垣島よりも透明度が高いので、どのダイビングも概ねハズレはありません。

ただ、お魚の種類は、石垣島の方が多いように感じます。

グルメですが、宮古島にも有名な宮古そばがあります。

色々食べに行きましたが、どこも美味しかったですよ。

なかでも、ダイビングショップのスタッフに勧められて行った丸吉食堂は美味しかったです。

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ソーキそばはとても美味でした。

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ほんのりとニンニクが効いているのですが、食後に自家製?黒糖アイス(割り箸が握り棒)をくれるので、これで臭いは消えるかな?

こうやって、写真を見直していると、また行きたくなりました。

はやく島田紳助の番組が終わって、また飛行機が取りやすくなると良いのですが・・・。

2011年3月28日 (月)

喜びも悲しみも・・・の続きです。

昨日の続きです。

御前崎へ来てまる2年、概ね近所の名所旧跡には行きましたが、以前から気になっていた場所が二つ。

灯台付近を車で走っていると、「猫塚」はこちら、「ねずみ塚」はこちら、という標識をそこかしこで見かけるのです。

なんだろう・・・。

と、いうことで、今回灯台へ行ったついでに訪ねてみました。

先ず、「猫塚」から、

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灯台から北へ400mくらい離れた畑の中に建っています。

かなり古い物のようで、塚の上に小さな猫の石像が載っています。

横には塚の説明が・・・ふんふん、なるほど。

次に「ねずみ塚」です。

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これは灯台から西へ300mくらい離れた崖の上のねずみ塚公園の中に建っています。

やはり、塚の横には説明が・・・ふんふん、なるほど。

どうやら、この二つの塚は関係があるようです。

二つの話を総合しますと、

昔、遍照院の住職が海を眺めていると、子猫が流れてきたので不憫に思い、助けて我が子のようにかわいがりました。
十年後、一人の旅僧が寺を訪ねてきて逗留したのですが、三日目の夜、天井裏で大きな音がしたので、住職が不思議に思い覗いてみると、僧衣をまとった大ねずみが死んでおり、傷ついた2匹の猫(助けた猫と隣家の猫)が出てきて、住職の前で息絶えました。

大ねずみは、住職を食おうと旅僧に化けて機会を窺っていたのです。
2匹の猫は、この大ねずみと格闘し住職を助けて命を落としので、「猫塚」として祀られました。
一方、大ネズミの死骸は、村人が海に捨てようと運びましたが、あまりに重いので、途中で諦めて埋めてしまったところ、その夜、村長の夢枕に改心した大ねずみが現れ、海の守り神として、海上の安全と大漁を約束したため、埋めた場所に塚をたてて祀りました。

と、いう伝説であるようです。

御前崎の沖は、昔から海難が絶えない海の難所。

このような伝説が生まれて、語り継がれてきたのも頷けます。

次の写真は、ねずみ塚公園から、御前崎灯台を見たところ。

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冬から春にかけて、御前崎の海はいつもこんな感じ。

穏やかな方が珍しいんですよ。

最後の写真は、昨日貼れなかった御前崎灯台です。

新しいカメラHS20EXRのテストです。

このカメラで、鳥を撮ってみたいものです。

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2011年3月27日 (日)

喜びも悲しみも・・・

私、昨日はお休み、今日はお仕事でした。

休みといっても御前崎から離れられないので、どこへ行こうか・・・。

このご時世、ガソリン節約の意味でもそう遠くへは行けないし・・・。

と、いうことで、ご近所の御前崎灯台へ。

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どうです?

綺麗な灯台でしょう?

ここは、けっこうお気に入りの場所です。

この灯台は、有名な映画『喜びも悲しみも幾年月』の舞台になったところです。

古いですか?

とても感動的な映画なんだけどな。

大好きな映画で、今でもたまにDVDを取り出して観てますよ。

灯台の前には、映画の主題歌の歌詞碑が建っています。

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  俺ら岬の 灯台守は
  妻と二人で 沖行く船の
  無事を祈って 灯をかざす
  灯をかざす

  星を数えて 波の音きいて
  共に過ごした 幾歳月の
  よろこび悲しみ 目に浮かぶ
  目に浮かぶ

う~ん・・・いいなぁ・・・。

飲み会でカラオケの時、酔っぱらうとよくこれを歌います。

まぁ、シラケますけどね。

自分と重なるというか、佐田啓二と高峰秀子が演じる主人公達の生き方に共感できるんですね。

素敵な夫婦だなぁ、あんなふうに年を取ってゆけたらなぁ・・・って思います。

現実ですか?

妻と二人で・・・ではなくて、今は一人で寂しく、この御前崎で頑張っています。

一度、女房を誘って、一緒にこの映画のDVDを観たことがあるのですが、涙が溢れそうなクライマックスの時にふと横を見ると・・・女房は寝ていました。

まぁ、こんなもんです。

あぁ、御前崎の沖は今日も時化てました・・・。

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2011年3月25日 (金)

そのうち、なんとかなるだろう~。

元々、写真のブログのつもりだったのですが・・・。

ネタが無いので、昔話を一つ。
ココログで皆さんのブログを拝見してると、心の支えになっている歌やCDがあるという方がけっこういるようですね。
私にもありますよ。
「クレイジーキャッツ」です。

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私はこれでもドリフターズ世代。
クレイジーは少し前の世代で、元々ほとんど興味はありませんでした。
そんな私が、彼らを好きになったきっかけは高校受験の時ですから、かれこれ三十ウン年前になるのかな。
当時、当然合格するものと思って臨んだ高校受験にみごとに失敗し・・・絶望のどん底に叩き落とされていた私を救ってくれたのが彼らの歌なんです。

     銭のないやつぁ、俺んとこへこい
     俺もないけど 心配すんな
     みろよ 青い空 白い雲
     そのうちなんとかなるだろう

大ヒット曲「だまって俺について来い」の一節です。
高校受験なんて、長い人生の中の一コマにすぎないなんて分かるのは年を取ってからのこと。
15歳にして、人生の岐路の初めての大勝負、この負けはつらいですよ。
自分を否定され、人生が終わったてしまったかのように打ちひしがれて、自室に閉じこもっていた時に、偶然つけたラジオから流れてきたのがこの曲だったんです。
この曲を聴いた時、なんだかとてもほっとしました。
滑り止めの高校でも、とりあえず行ってみようと思えてきたのです。
人間万事塞翁が馬
結局通うことになったその高校では、良い友に恵まれて楽しい学園生活をおくることができました。
あくせく勉強する必要もなく卒業させて貰い、今日に至ります。
今でも、仕事で行き詰まった時や人間関係で上手く行かない時等、彼らの歌を聴きながら「そのうちなんとかなるだろう~~~わかっとるね わかっとる わかっとる わかったら だまって俺について来い!」と、口ずさんでいます。
案ずるより産むが易し
実際に、今日までなんとかなって来ましたからね。
「どうしてこんなにもてるんだろう」「スーダラ節」「これが男の生きる道」etc
植木さん達の歌を聴いていると本当に元気がでますよ。
クレイジーキャッツのCDこそ私の元気の素、心の支えです。
もう彼らのような凄いグループは出てこないんだろうなぁ。

2011年3月23日 (水)

地震の苦い想い出

地震で被災された地域・・・どうなってしまうのでしょうね。
何とか希望の光が見えてくると良いのですが・・・。
さて、私にとって「最も強烈だった地震」は、といいますと、2年前の静岡沖地震です。

くしくも同じ11日である8月11日午前5時頃、御前崎沖の駿河湾で発生した地震で、御前崎の震度は6だったように思います。
その時、私は会社で一人、夜なべ仕事中。
そろそろ朝だなぁ・・・眠くて仕方ない時間帯でした。
突然、真下から突き上げられるような強烈な縦揺れが始まり、眠気は吹き飛びました。
この時は、机の書棚がひっくり返らないように押さえてるだけで精一杯でした。
「ついに東海地震がきたぁ!」と思いました。
 1分間くらいで強烈な揺れは収まったのですが、私はしばらく呆然としてしまいました。
 はっと我に返り、その日、たまたま御前崎に来ていた女房に電話をかけて安全を確認したのですが、被害は、テレビが倒れ、熱帯魚の水槽の水が溢れ、食器棚の食器がいくつか落ちて割れただけとのことで、心の底からホッとしたものです。
この時は、まだ携帯電話は通じたんですよ。
 それから社員が次々と出社してきて、港の被害状況を確認して・・・この地震の時もたしか2日間は会社に缶詰で、家には帰れなかったように思います。
 津波も今回と大差なかったかな・・・いや、岸壁が冠水してあちらこちらが壊れたから当時の方が大きかったですね。
 初めて経験した、心底怖いと思った大地震でした。
 それで、クタクタに疲れ果てた私は、女房の待つ御前崎の家へ戻ったのですが、女房は悲しそうな顔をしています。
「どうしたの?」
「テレビが壊れた・・・。」
「倒れただけなのにか?」
ふとテレビの方を見ると・・・消してありましたが、外見上は全く異常はなさそうに見えます。
「これ、つかないの?」
「まぁ、つけてみれば分かるよ。」
で、つけてみると・・・えぇ~~~
液晶が割れているんです。

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画面は、まるでゴルゴ13に狙撃されたかのように蜘蛛の巣状のヒビが走っています。
実はこのテレビ、10日前に買ったばかりの新品、最新型でした。
女房を拝み倒して買った液晶テレビ・・・「どうしても大きなヤツが欲しい!」ってコジマで駄々をこねて、やっと買ってもらった32型のテレビでした。
コジマに電話してみたのですが、地震で壊れた場合は保証の対象ではないとのこと。
有償で修理しても新品と同額くらいかかるそうです。
家財道具に地震保険をかけていたことを思いだし、保険屋さんに電話。
しかし、保証は総額20万円以上からだとかでこれもアウト。
結局、どうすることもできず、半年後にあらためて新しいテレビを買ってもらうまで、テレビ無しで過ごしました。
『薄いテレビは倒れる』これがこの地震で得た教訓です。
もちろん、現在のテレビはしっかり固定してますよ。
今回の地震でも倒れていませんでした。
10日間だけだった新型テレビ・・・苦い苦い地震の思い出でなんですが・・・
今回被災された方々のことを思うと・・・テレビ1台壊れてショックだなんて、恥ずかしいですね。
反省です。

2011年3月20日 (日)

久々の更新です

私、この木、金、土と三連休で、清水のお家へ帰っておりました。

本当はこの連休でダイビングの予定だったのですが・・・被災地の復興支援が続いており、また、余震が続いている時に、これからダイビングに行って来ますなんて、会社ではとても言えず、家で悶々と過ごしておりました。

テレビをつけても(不謹慎だと叱られそうですが)地震のことばかり・・・気が滅入るので、女房と鳥を撮りに出かけ、近所の長尾川、麻機遊水池、興津川と渡り歩いたのですが・・・残念ながらこれといって珍しい鳥には出会えず、鳥果はさっぱりです。

好天に恵まれたせっかくの三連休でしたが、不完全燃焼のまま終わってしまいました。

添付の写真は、この三日間に撮ったものです。

セグロセキレイと、

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カワセミ♀、

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ミサゴに、

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キジ♂です。

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で、今日から普通にお仕事しています。

2011年3月12日 (土)

あぁ、津波だ・・・。

昨日、午後3時少し前だったかな。

会社で仕事をしていると・・・あれっ、揺れてる・・・。

そんなに怖いとは感じなかったのですが、横揺れが2分くらい続き、嫌な気分。

テレビをつけるとすでに特番。

「けっこう大きかったかな。」なんて同僚と話していると、横浜の本社から電話が。

「大丈夫かぁ!」

えっ、何興奮しているの?

どうやら、横浜の方はけっこう揺れたらしい。

そうこうしているうちに、「津波が来るぞ!」

会社の窓から港を見ていると、20分くらいの周期で海面が大きく上下しています。

テレビに映る東北地方ほどではありませんが、明らかに津波が到達しています。

しばらくすると、「誰か岸壁を見てこい」との上司の命令で、私が行くことに。

お巡りさんや消防車と一緒に岸壁へ。

岸壁は、一番低いところが、あと10cmで冠水するくらいまで水位が上がってました。

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危ない危ない、しかし、岸壁に損傷はないようで一安心。

早々にこんなおっかない所から離れようと思ったのですが、・・・必ず居るんですよねぇ。

非常識な野次馬さん達が。

こんな時に海を観に来るなよ!

「おじさん、危ないよ!死んじゃうよ!」って彼らを押し戻して会社へ戻り、昨夜はそのまま夜なべです。

先ほど家へ戻って、これから一眠り。

夕方から会社へ戻って、今晩も夜なべです。

明日も休めそうもないなぁ。

まぁ、今回被災された東北地方の皆さんのことを思うと、贅沢は言えませんよね。

我慢、我慢。

2011年3月10日 (木)

新しいカメラ

最近仕事が忙しくて・・・。

ネタがありません。

と、いうことで、今日届いた新しいカメラをご紹介。

FINEPIX HS20 EXR です。

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鳥用の新しいサブカメラ。

3月5日に発売されたばかりの新型です。

メインカメラの7Dは重くて取り回しがイマイチなので、選んだのがこれです。

元々、これの前機種であるHS10を使っていたのですが、女房に取られたので、新発売を機にこれを購入。

35mm換算で、24mm~720mmの撮影が出来ることや高速連写、重量730gといった軽さが魅力です。

HS10にも満足していたので、性能がアップしたこれは期待大。

さっそく、日曜日には鳥撮りへ行こうかな。

2011年3月 7日 (月)

今夜は夜なべ

今夜は夜なべ
今夜は会社にお泊りです。
と、いう訳で「モブログ」で更新。
今朝は冷たい雨でしたね。
御前崎の港では、カモメも震えてました。
明日は暖かくなれば良いのですが。
では、これからお仕事です。
ふぅ、寒いな〜。

2011年3月 5日 (土)

今日は磐田方面へ

今日、明日は休み。

女房が来ているので、一緒に磐田方面へ鳥を探しに行くことに。

先ず、磐田市内の今之浦公園へ。

カワセミでもいないかなと、川沿いを探しましたが・・・いませんねぇ。

私は早々に諦め、林の方へ移動。

でも、目に付くのはシジュウカラくらい。

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しかし、女房は未だ川で何やら熱心に撮影中。

「おい、カワセミいたのか?」

「いないよ。黒い鳥がいるだけ・・・」

「そうか・・・」

結局、これ以上は撮れずに、冑山公園に移動。

ここでも珍しい野鳥は見つからず、仕方ないのでお菓子を食べながら見事に咲いている梅の花見に変更。

すると・・・けっこうメジロやヒヨドリがやってくるので、これを撮影。

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梅にメジロは定番ですが、梅にヒヨドリもなかなかでしょう?

これでこの公園からも移動、桶ヶ谷池へ。

着いてみると、なんとここは菜の花が満開です!

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写真で見ると、イマイチですか?

綺麗だったんだけどなぁ。

まぁ、それはさておき、池で粘ったのですが・・・

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撮れたのはシロハラだけでした。

「まぁ、こんなものかな。けっこう楽しかったじゃないか。」

「そうね。」

なんて言いながら、宿舎へ帰りました。

で、着いてから女房に、

「今之浦公園で撮ってた黒い鳥って何?」

「これ!」

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「バンじゃないか!こんなの居たんなら呼べよ!」

「撮ってるの知ってるんだから、来ればいいじゃない!」

ケンカです・・・。

まぁ。こんな一日でした。

2011年3月 3日 (木)

怒りと悲しみ、そして不安・・・。

今日はネタがないのですが、思うところあって、ブログを更新します。

さて、私が子供の頃、父は貨物船に乗っていて、家に帰ってくるのは三ヶ月に一度くらいでした。

そんな父が帰ってくると嬉しくて、良くまとわりついたものです。

(そのうち、休暇で一ヶ月も家に居ると、鬱陶しくなって早く船に戻らないかなと思ったりしてましたが・・・)

まぁ、父が家に居る間は、夕食が豪華になります。

母が父だけに出した肴を父の膝の上でつまむのが大好きでした。

そんな肴の中で、私が一番好きだったのが「鯨の刺身」です。

私は大人になった今でも、この味を忘れられず、常に我が家の冷凍庫の中には鯨のストックがありるんですよ。

これです。

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年に一度、九州へお墓参りに行った時に、向こうのスーパーで一年分買って、クール便でお家へ送ります。

(もっとも、もったいないので、ふた月に一度食べる程度ですよ。)

これ、不思議と、関東地方のスーパーでは見かけませんね。

関東の人は食べないのかな?

ラベルには、

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と、書いてあります。

ちゃんとした調査捕鯨で獲った鯨の肉ですよ。

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南極海産のミンククジラです。

刺身にすると・・・

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こんな感じです。

どうです?あまり美味しそうに見えませんか?

写真の腕がイマイチなもんで、すみません。

これ、本当に美味しいんですよ。

日本酒でも焼酎でも相性バッチリです。

なんと言っても、鯨肉を食べることは、日本の伝統文化ですからね。

日本のお酒が合わない訳がありません。

でも、こんなに美味いモノが、シーシェパードなんていう環境テロリスト達のために、食べることができなくなりそうです。

奴らの行為には本当に激しい怒りを感じますが、そのテロに屈して白旗を掲げた日本政府も実に情けなく悲しいです。

本当にテロに降参する選択肢しかなかったのか?

今回の調査捕鯨で獲れた鯨は例年の5分の1だとか・・・。

春に墓参りで九州に行く予定ですが、その時にこの肉はスーパーに並んでいるんだろうか・・・。

並んでいても、高くて買えないかも知れません。

今からとても心配です。

やり場のない怒りをブログにぶつけてしまい、ごめんなさい。

2011年3月 2日 (水)

はぁ~~~

昨日は静岡に出張して会議。

実は、わが社の内示の日でしたので、私、会議中も「心ここにあらず」状態。

会議が終わったところで、課長が私の所へ来て、「動かなかったよ。君は御前崎に必要な人間なんだ。」だと。

勘弁してくれ~~~!もう1年、残留決定です。

と、いう訳で、お家で女房と残念会。

「はぁ~、ふぅ~」と、ため息しか出ません。

やけ酒です。

おかげで、今朝は二日酔い状態。(今日は、「祝勝会」の翌日二日酔いを予想して、予め休みをとってました。)

天気は今にも雨が落ちてきそうな曇り空、私の心模様のようです。

鳥撮りに行く気にもならず、前から気になっていた「静岡ホビーフェア」に行って来ました。

頭が痛いので、車は女房に運転して貰い、東静岡駅の裏に駐めて会場へ。

会場には、でかいガンダムがそびえ立ってます。

まぁ、お約束でパチリ。

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もっとも、私はガンダム世代ではありません。

ちっとも、興味がないのです。

ならば、なぜホビーフェアに?って言われそうですが、元々私は模型おたく。

戦艦と戦闘機が専門です。

ミュージアムに入ったのですが、ここはまずまずですね。

子供の頃に作ったプラモが沢山展示されていて、実に懐かしい。

あぁ、これ作ったな・・・なんて思いながらじっくり見ていると、女房の冷たい視線が・・・。

やっぱり、こんな所は一人で来なければ・・・と、反省しました。

ミュージアムを早々に切り上げ、プラモ売り場を探すことに。

目的は、プラモの部品を手に入れること。

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これ、200分の1の「陽炎」という艦の模型です。

8年前に買ったのですが、まだ作ってません。

これを天一号作戦時の「雪風」に改造しようと思って部品を探しているのですが、ありませんねぇ。

ホビーフェアの会場で売っていたのはガンダム関連の物ばかりでした。

ホビーフェアと銘打つのであれば、ガンダム以外のモデルファンも満足できるようなフェアにして欲しかったなというのが率直な感想です。

さて、明日からまた長い一年が始まります。

当分、このプラモを作ることは出来そうにもありません。

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