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2016年10月

2016年10月26日 (水)

天城の瞳?

みなさん、こんばんは!
最近、暖かかったり、寒かったり・・・。
体調を崩しそうですね。
通勤電車の中では、あちらでコンコン、こちらでゴホゴホ・・・。
そろそろマスクを付けて乗らなきゃなぁ・・・。

先週末の22日、ハッピーのパパさんと、天城山中の標高1,170mにある「八丁池」に行きました。
「八丁池」は、別名「天城の瞳」と言われる神秘的な池なんですよ。
朝、6時過ぎにパパさんに迎えに来ていただき、一路伊豆半島を目指しました。
空は生憎の曇り空でしたが、雨男の私が行って降らなかったので御の字でしょう。
登山口の駐車場に着いたのは、8時頃。
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準備を整え、登山開始は8時08分でした。
先ず、「天城トンネル」を目指して林道を進みます。
途中、川端康成の「伊豆の踊子」の碑の前を通って、
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約30分で「天城トンネル」着。
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あぁ、ココがねぇ・・・。
昔、山口百恵さんの映画で見たところかな。
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通ってみたい気もしますが、「八丁池」は、このトンネルの横の登山道から登るとのこと。
さぁ、登りましょう!
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この日の往路の行程は、「上り御幸(ぎょうこう)道」といわれ、天城峠を越えて「八丁池」へ至る約6.6kmのコースとのこと。
因みに、「御幸道」とは、昔、昭和天皇が「八丁池」のモリアオガエルを観察するために歩いた登山道とのことです。
そんなに急な登り坂は無く、ただただ延々と長い山道って感じでした。
9時頃に天城峠着。
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とりあえずリュックを置いて記念撮影をして、お茶を一口飲んで出発です。
登山道は、殆どが自然林で、歩いていると何とも心地よい。
ブナやヒメシャラの原生林が続きます。
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けっこうな大木もあって、歩いていて飽きません。
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天城の山は、けっこう倒木も多いのですよ。
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この辺りの地質は、何万年も前?伊豆半島形成期の硬い岩の上に火山灰が堆積したものなので、木々は深く根を張ることが出来ないのだそうです。
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だから、どの木も地表の柔らかい土に広く網の目の様に根を張っています。
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それで大木になると、台風等の強風に耐えきれず、倒れてしまうのです。
なるほどねぇ・・・。
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登山開始から約3時間歩いた11時頃、ようやく八丁池が見えてきました。
池を見下ろせる展望台に上ってパチリ。
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池には霧が浮かんでいて何とも神秘的です。
当に「天城の瞳」ってイメージかな?
ワクワクして池へと急ぎました。
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11時20分、ようやく「八丁池」着。
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ふぅ~。
歩いた歩いた。
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この「八丁池」、名前の由来は、池の周囲が8丁あるからだそうな。
冬は湖面が厚く凍結してスケートが出来るのだそうです。
で、恒例のリュックを置いて記念撮影をして、昼食をとっていると、
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あれよあれよという間に霧が立ち籠めてきて・・・
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あっという間に霧の中。
視界は10mくらいになってしまいました。
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午後零時頃出発、池をぐるりと回って下山することに。
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途中、美味しそうなキノコを発見。
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これって食べられるの?
いや、絶対に危ないな。
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勿論、採りませんよ。
復路は「下り御幸道」を下山。
約5kmの行程です。
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約2時間半で下山完了。
その後、パパさんに家まで送っていただききました。

パパさんの話では、計13kmくらい歩いたそうですが、そんなに疲れなかったのは行程が険しくなく自然林が多くて快適だったからかな。
また、凍結した「八丁池」というのも見てみたいものです。
じつに楽しいトレッキングでした。
では!

2016年10月18日 (火)

長野・上越旅行(最終日・弥彦山)

みなさん、こんばんは!
前回の続きです。

30日朝、ホテルの部屋のカーテンを開けると・・・
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多少雲はあるものの、なかなかの好い天気。
三日目にして、ようやく晴れました。
さっさと朝食をすませ、ホテルを後に弥彦山(やひこやま)を目指します。
弥彦山って、輝ジィ~ジさんのブログ「じぃ~じの風の吹くまま」で度々紹介されていて、一度訪れてみたかったのです。
北陸自動車道路に乗って、三条燕ICで降りて・・・
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前方に大きな鳥居が見えてきました。
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鳥居の向こうがこれから向かう弥彦山です。
先ずは弥彦山スカイラインを山頂へ向かいました。
弥彦山山頂駐車場へ愛車を入れて、ここから山頂を目指します。
駐車場は、ほぼ9合目の当たるとのこと。
ここから、ゆっくり歩いて約30分で山頂です。
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雨上がりでしたが、登頂路は整備されていて泥濘んではいませんでした。
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で、予定どおり到着、ここは標高634mです。
もっとも、殆ど車で登っていますから、登ったという実感はありませんがね。
さて、彌彦神社(いやひこじんじゃ)の奥社、御神廟へと向かいます。
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ここは、彌彦神社の祭神である「天香山命(あめのかごやまのみこと)」と姫神「熟穂屋姫命(うましほやひめのひこと)」が、仲良く祭られているとのこと。
縁結びの名所だそうな。
しっかりと参拝しましたよ。
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まぁ、いまさらですがね。
さて、参拝を終えてから、風景を楽しみました。
山頂からは越後平野が一望出来ます。
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う~ん、来て良かった。
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で、海を見れば、そこにはド~ンと佐渡島が横たわっています。
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海は荒海ぃ~向こうは佐渡ょぅ~♪
と、白秋の砂山を思わず口ずさんでいました。
(この日、海はベタ凪でしたがね。)
さて、下山して駐車場へ向かう途中、気になるモノが・・・
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展望台の真っ正面にド~ンと目障りな塔が立っています。
弥彦山パノラマタワーというのだそうです。
佐渡島の写真を撮るにはなんとも邪魔な存在ですが、逆に、このタワーに登れば絶景なんだろうな。
と、いうことで登ってみました。
下の写真が、タワーから撮った展望台。
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そうして、頂上から見た駐車場付近。
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で、佐渡島です。
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確かに絶景だな。
いつかは佐渡島へ行ってみたいものです。
佐渡島の海には大きなコブダイが数尾棲息していて、ダイナミックなダイビングが出来るって評判なんですよねぇ・・・。

雄大な風景を堪能した後、愛車に戻って下山です。
山麓の駐車場に愛車を入れて、彌彦神社の拝殿に参詣しました。
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一の鳥居から入って・・・
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拝殿へ向かいます。
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この神社の宝物殿には上杉謙信公が川中島に出陣するにあたり、戦勝を祈願した祈願文があるそうです。
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ここでもしっかり参拝いたしました。

さて、これで旅の目的は一応終了。
回れなかった所も幾つかあり、若干、心残りがありますが、それはまた訪問する目標になりますから、今回は川中島古戦場や春日山城址を訪れることが出来ただけでも良しとしましょう。
またきっと行くぞ!

帰りは関越道をひたすら南下して横浜の出城を目指します。
渋滞も無く快適なドライブでした。
途中、塩沢石打サービスエリアで休憩。
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入口に新米入荷の幟が立っています。
新米?それで覗いてみると・・・
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ありました!
魚沼産コシヒカリの新米です。
勿論買いましたよ。
清水に帰ってから食べてみましたが、これは本当に美味かった。

それから、上越で買ったお酒ですが、先日、女房が横浜に来たので恒例のお寿司パーティーをやり、その時に飲んでみました。
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これも、けっこう美味しかったですよ。
さすが米どころ新潟のお酒ですね。

ちょっとマニアックな長野・上越旅行に、最後までお付き合いくださりありがとうございました。
では!

2016年10月12日 (水)

長野・上越旅行(二日目・春日山城址)

みなさん、こんばんは!
横浜は、めっきり寒くなりました。
先週末、清水の自宅では蚊に喰われたんですがねぇ・・・。
静岡は暖かいってことですか。

前回の続きです。
春日山城址までの道のりは、上信越自動車道を信濃町インターで乗り、上越高田インターで下りました。
朝、ホテルを出てからリンゴの直売所までは降っていなかったんですが、インターを下りる頃は本降りです。
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先ずは、「上越市埋蔵文化財センター」へ向かいました。
ここは、春日山城址の麓にある施設で、とりあえず、雨が小降りになるまで待とうと思った次第。
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あまり期待はしていなかったのですが、どうしてどうして、「上杉おもてなし武将隊」の方が出迎えて下さり、展示物の説明をしてくれました。
写真も撮り放題。
先ず、目を惹いたのは上杉謙信公着用の甲冑(のレプリカ)。
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「素懸白綾威 黒雛韋包板物腹巻(すがけしろあやおどし くろしぼかわつつみいたものはらまき)」というのだそうです。(初めて見ました。)
兜の前立てに蜻蛉があしらってあるのが特徴。
謙信公の出で立ちといえば、金の星兜に立烏帽子、白妙の練絹で行人包が有名ですが、このような華やかな甲冑も着けたのですね。
因みに、この甲冑の後ろにある龍の屏風は、NHKの大河ドラマ「風林火山」で使われた小道具だそうです。
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ほんの雨宿りのつもりだったのですが、おもてなし武将隊の方の説明が面白くて、ついつい、長居してしまいましたよ。
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最後に、これから登る春日山城址の模型を見て研究。
見てのとおりの山城です。
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車で登れるのは中腹までとのことで、そこから山頂の本丸跡までは、どうしても徒歩で15分くらいは必要とのこと。
と、窓の外を見ると、心なしか小降りになったような・・・
意を決して、出発することにしました。
中腹の駐車場までは、車で5分くらい。
やって来ました、憧れの春日山城です。
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しかし、山の上ですからねぇ・・・やっぱり降っています。
仕方が無いので、傘を差して車外に出て、崖の上に建つ謙信公を仰ぎ見ます。
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この像もNHKの大河ドラマ「天と地と」の放映を記念して制作されたとか。
ということは、モデルは石坂浩二さん?
何はともあれ、憧れの地、春日山城址に来ることが出来ただけでも満足。
で、山頂の本丸を見ると・・・霧に霞んでいます。
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15分、いや雨の中だから20分?歩くか・・・と思いましたが、女房を連れていることを思い出して諦め、駐車場の近くにある「春日山神社」へ参詣。
この神社は、山形の上杉神社から分霊された上杉謙信公を祀る神社です。
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しっかり、参拝しましたよ。
そうして、次は、「林泉寺」へと向かいました。
「春日山神社」から「林泉寺」までは、車で5分くらい。
「林泉寺」の駐車場に入った時は、これまた雨は土砂降りに・・・
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まぁ、雨のお寺も乙なものだ・・・って思いながら、本堂へ向かいました。
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ここは曹洞宗のお寺で上杉氏の菩提寺です。
謙信公は、7歳から14歳までをこの寺で過ごしました。
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ここでも、しっかりと参拝。
そうして、謙信公の墓所へ。
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林泉寺の奥にある石畳の山道を少し登った所にそれはあります。
ここだけは行かねばならない。
傘を差して登りましたよ。
お寺の方に位置を聞いて、迷わずに行き着くことが出来ました。
これが謙信公の墓所です。
合掌してしばし黙祷。
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上杉氏は謙信公の養子である景勝の代に山形の米沢に移封された際、謙信公の遺骸も米沢に移され、今は山形の「春日山林泉寺」の墓所に眠っているというのが通説です。
しかし、ここ「林泉寺」さんにはそのような記録は無いとのこと。
謙信公は、未だこの墓所で眠っておられると信じられているとのことでした。
さて、真相は・・・どちらでも良いことです。
機会があれば、米沢の「春日山林泉寺」にも参詣して、そちらの墓所にも参拝したいものです。
これで、とりあえず目的は達成。
この日の宿泊場所である鵜の浜温泉へと向かいました。
で、泊まったのがこのホテルです。
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オーシャンビューで景色は良かったのですが・・・温泉も料理も、まぁ、普通でした。
そりゃ、安かったものね。
そんなもんさ。
それよりも、この上越で買った自分用のお土産?宝物?をご披露。
先ず、お酒。
「春日山 天と地」というネーミングに惹かれて購入。
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美味いといいな。
今度、女房が横浜に来て恒例?のお寿司パーティの時にでも飲んでみます。
次は扇子です。
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謙信公の辞世の句が書かれた素敵な扇子です。
謙信公が亡くなる一月前に詠まれた句で、その後急死されたことから、これが辞世の句になってしまいました。
まるで、自分の死期を悟っていたかのような句ですが、とても素敵な句です。
そうして、Tシャツを2枚。
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「運は天にあり。鎧は胸にあり。手柄は足にあり。・・・」春日山城壁書を背負った気分です。
そうして、これ。
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上杉軍の軍旗、天賜の御旗である「紺地日の丸」に「懸かり乱れ龍」をあしらったもの。
う~ん、カッコイイ!
さて、いつ着ようかな。
以上、誰かに見てもらいたくてしようが無い春日山土産でした。
続きは、近日中に。
では!

2016年10月10日 (月)

長野・上越旅行(初日・善光寺)

みなさん、おはようございます。
今日は三連休の最終日、静岡はようやく晴れました。
でも、事情があって遊びに行けません。
パソコンでも開いて、後はゴロゴロです。

さて、前回の続きです。
雨の中、八幡原史跡公園で一騎打ちの像を見た後は、公園内にある長野市立博物館へ。

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各所に点在する史跡を回りたかったのですが、雨が激しくなり、めげてしまいました。
で、雨宿りも兼ねてこの博物館に入った次第。
大河ドラマの「真田丸」が放映中ですからねぇ・・・「川中島の戦いと真田」と題した特設展をやっていました。
何にでも真田と関連づけているようです。
期待はしていなかったのですが、ここ、なかなか面白かったですよ。
写真もこの博物館所蔵の物ならば撮って良いとのこと。
で、印象深かった物をいくつかご紹介すると・・・先ず上杉謙信公の肖像画です。

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この翌日に行った林泉寺(宝物館)の物とは雰囲気が違いますが、まぁ、これはこれで・・・。
そうして、上杉十八将図。

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宇佐美定行や柿崎景家、鬼小島弥太郎は当然ながら描かれていますが、何故か長尾政景が入っていない図、これはこれで興味深い物です。
同じように、武田二十四将図。

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あぁ、なるほど、ここに真田昌幸と、その父である、真田幸隆や兄である真田昌輝が描かれています。
でも何故か、真田信綱が描かれていないのが不思議ですね。
それから、川中島合戦屏風が展示してありました。

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もっとも、これは複製ですがね。
この屏風の一騎打ちの場面。

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謙信公も信玄も騎乗です。
実際はこうだったのかな?
この博物館を一通り見て回ると、時刻はすでに2時を回ってました。
雨はまだ降り続いていましたが、愛車に乗り込み善光寺へ。
本当は典厩寺にも参詣したかったのですが、諦めました。

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駐車場に愛車を駐めて、仲見世通りを散策。
そういえば、昼を食べていませんでした。
女房が、「るるぶ」でチェックしている有名な蕎麦屋さんがあるというので、そのお店に入ることに。

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で、食べたのがこれ。
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お味は・・・普通です。
ただ、お値段は高め。
観光地だから仕方ないかな。
そうして、ようやく参詣へ。

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長野に来たのだもの。
やっぱり、善光寺は外せませんよね。

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私が見たい所ばかりを回って、善光寺を外すと、女房に何を言われるか分かりませんから・・・。
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しっかり、参詣いたしました。
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参詣を終わって愛車に戻ると、既に時刻は4時に近くなってました。
まだまだ回りたい所があったのですが、諦めてホテルへ。
で、この日、泊まったのが、長野駅前にあるこのホテルです。

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見てのとおり、ビジネスホテルなので特に期待はしていなかったのですが、ここは素晴らしかった!
開業してまだ数ヶ月のホテルですので部屋はもちろん綺麗、お風呂は屋上に露天風呂付きの大浴場があって、しかもお湯は、「天然温泉 善光の湯」という温泉だったのです。
もう最高!私は雨の降る中を2時間くらい露天風呂に浸かっていました。
この日の夕食は、繁華街の居酒屋で済ませて早めに就寝。
翌29日の朝食がこれまた豪華!
所謂、ビュッフェ方式なのですが、品数が多くて郷土料理等もあり、実に美味しい。
食べ過ぎてしまい、この日は昼飯抜きで十分でした。
9時頃にホテルを出発して、一路上越へ。
土地勘は無いので完全にナビ任せです。
すると、途中にリンゴ畑の中を走ることに。

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私、リンゴが実っているのを見るのは初めて。
しばらく路肩に車を停めて見入ってしまいました。
このリンゴ畑の道を進むと、なにやら直売所が見えてきたので入ってみることに。

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静岡や横浜ではあまり見かけない品種のリンゴが沢山売られており、それをお店の人が一種一種剥いて試食させてくれました。
で、美味しかった品種を沢山購入。
こういう時は車旅行って便利ですね。
満足して、上越へと向かいました。

続きは、また近日中に。
では!

2016年10月 6日 (木)

長野・上越旅行(初日・八幡原史跡公園)

みなさん、こんばんは!
前回の続きです。

愛車で海津城址を後にした直後、雨は本降りに・・・。
う~ん、私、雨男ですからねぇ。
ちょっと暗い気持ちになりましたが、一路「八幡原史跡公園」へ。
ここは、第4次川中島の戦いが行われた古戦場です。
尊敬する上杉謙信公が武田信玄を相手に大激戦を演じた地。
是非、訪れてみたかったのです。
私が小学校2年生?の時、NHKの大河ドラマで「天と地と」が放映されていました。
私は、早く寝ろという母親を拝み倒して、テレビにかじり付いて視ていたんですよ。
謙信公を演じる石坂浩二さんが、子供心に惚れ惚れするくらいカッコウ良くて、憧れてしまいました。
(その後、彼が「元禄太平記」で柳沢吉保を演じた時はガッカリしましたよ(笑))
中学生の頃には海音寺潮五郎さんの小説も読み、いよいよ憧れていた川中島の地。
ようやく夢が叶いました。
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駐車場に愛車を駐め、傘を差して史跡へ。
心は弾むばかり・・・
先ず、入口にあった解説板を確認。
2
上杉勢13,000人、武田勢20,000人がこの地で戦ったとあります。
あれっ、子供の頃は、上杉勢8千騎、武田勢2万余騎と習ったような・・・
まぁ、良いのです。
ここは武田信玄が本陣を置いた場所とのこと。
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八幡神社を囲む様に凹型に信玄本陣のなごりの盛り土が残っています。
先ず神社に参拝して、それからお目当ての・・・一騎打ち像です。
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あぁ、これが見たかった!
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この一騎打ち像は、それこそ大河ドラマの「天と地と」放映を記念して作られたものだそうです。
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う~ん、素晴らしい!
迫力ありますねぇ・・・テレビで視たワンシーンが蘇ってくるようです。
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「天と地と」の放映を記念して、ということは、この謙信公のモデルは石坂浩二さんなのかな?
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なるほど・・・似ている様な似てない様な・・・。
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では、武田信玄のモデルは、高橋幸治さん?
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これはちょっと似てないかも・・・。
ともあれ、念願が叶って良かったです。
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興奮して写真を撮りまくっている私を女房が不思議そうな顔で見ていました。
最後に神社の社務所でお守りを購入。
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これで、私の運勢も好転するかなぁ・・・。
開運となることを信じて。

続きは近日中に。
では!

2016年10月 4日 (火)

長野・上越旅行(初日・海津城址)

みなさん、こんばんは!
私、9月28日~30日、遅い夏休みを取って、長野・上越方面へプチ旅行へ行って来ました。
上杉謙信公の足跡を辿ることが、この旅の一番の目的です。
鉄道を使って目的地でレンタカーでも借りれば楽なのですが、まぁ、お金も無いので、自家用車旅行ですよ。

前日の27日、普段どおり会社を終えて横浜発、清水の自宅へ帰り着いたのが午前零時を回った頃。
朝5時起床で、5時半には女房を愛車の助手席に乗せて自宅発、一路長野へと向かいました。
天気は今にも降り出してきそうな曇り空、私、雨男ですからねぇ・・・。
途中、中央高速道路の諏訪湖サービスエリアで休憩して、
1
長野に着いたのは、9時半頃でした。
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先ずは第4次川中島の合戦の時に謙信公が本陣を置いた妻女山へ・・・と思ったのですが、長野平野を囲む山々の山頂は、何処も低い雲が掛かっています。
これは山頂は雨だな・・・。
妻女山陣跡から海津城址を望んだ後に海津城址に行く予定だったのですが、これは変更。
先に海津城址へと向かいました。
3
「海津城」、武田信玄が越後侵攻の前線基地として軍師山本勘助に命じて築かせた平城です。
武田流築城術で築かれた城と聞いてきたので期待したのですが、今の城址は関ヶ原以降に「松代城」と改名された以後の造りで、特徴的な三日月堀さえ残っておらず、本丸を残すのみ。
ちょっとガッカリでした。
それでも、ここから妻女山を望むと・・・
4
信玄もこうして上杉勢を見上げたんだろうなぁ・・・。
少しだけ、川中島の当時を偲ぶことが出来ました。
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「海津城」が「松代城」になった後、初代松代藩主として入城したのは、今NHKの大河ドラマでやっている真田信繁の兄、真田信幸(信之)です。
以来、明治に至るまで、ここは真田氏の城下町であったところ。
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あちらこちらに真田が残っています。
城内に入ってみると、真ん中に大きな「海津城址」と刻んだ石碑が建っていました。
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女房はこの碑を見上げて、不思議そう・・・「なぜ海津城なの?」
・・・毎週、「真田丸」を見ているくせに・・・説明するのも面倒なので、解説を読ませました。
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さて、海津城はこれくらいにして、私としては一刻も早く八幡原へ行きたかったのですが、城址周辺には、真田家にまつわる史跡が幾つもある。
せっかく来たのだから・・・って、欲が出て、この史跡巡りへ。
先ずは「真田宝物館」。
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ここは真田家歴代の家宝が展示されているとのことだったので期待したのですが・・・大した物はありません。
唯一、目を引いたのは、信繁の最後の手紙くらいかな。
オマケに館内撮影禁止とのこと。
なんだつまらない。
早々に退出しました。
この宝物館の入口に、海津城址の模型が展示してありましたが、これは撮影可。
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これを見ると、三日月堀も丸馬出しも皆無くなっていて、本当に本丸部分しか残っていないことが判ります。
これが全て残っていたら、けっこう見応えがある城だったように思われて残念です。
次に訪れたのは、「真田邸」。
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9代藩主が建てた城外御殿です。
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ここは良かったかな。
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殿様になった気分で、ついつい長居してしまいました。
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ふと気付くと、すでに昼近くになっています。
イカン、午後から雨の予報なんだ。
出来るだけ早く回らねば・・・
で、最後に松代藩の「文武学校」へ。
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ここは江戸時代後期に創設された藩校なんです。
じっくり見て歩きたかったのですが・・・
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無情にも、ポツリ、ポツリと雨が・・・
やむを得ず、早歩きで回って駐車場へと急ぎました。

続きは近いうちに。
では!

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