無料ブログはココログ

« 2017年5月 | トップページ | 2017年8月 »

2017年7月

2017年7月31日 (月)

呉へ行きました。(大和ミュージアム)

みなさん、こんばんは!
前回の続きです。

フェリーが呉港に着くと、すぐにショッピングセンターの駐車場に車を入れ、先ずはお食事です。

1
久しぶりの広島の味。
まぁ、定番ですね。
腹を満たしたら、さて「大和ミュージアム」へ。

2
ここも3度目ですが、呉に帰ったら行かないとねぇ・・・。
7年前と違うのは、入口に、柱島沖で謎の爆沈をした戦艦「陸奥」の引揚品が展示されていたことかな。
これは錨とフェアリーダー(船外に出すロープを通す所)です。

3
これは口径40cmの主砲です。
「大和」「武蔵」に次ぐ大口径砲でした。

4
最後は、スクリューと舵板です。
5
デカイですねぇ・・・。
おっと、ジックリと見ている時間はない。
観覧料800円(企画展の料金を含む)を払って入館。
正面にで~んと「大和」がお出迎え、久々のご対面です。

6
10分の1の模型で、全長26.3mもあります。
7
思わず見とれてしまい・・・
8
あとは写真を撮りまくりです。
9
もう何度も撮っているんですがねぇ・・・。
10
この模型は、「大和」の最終状態、つまり沖縄への海上特攻である「天一号作戦」時の姿を再現しています。
11
この模型だけで、1時間以上見て、撮ってしまいますよ。
12
かつて日本はこんな戦艦を建造して、アメリカやイギリスを相手に戦った。
日本人として誇らしく思います。

13
周りの見学者と比べても、この模型の大きさが分かるでしょう。
14
この後は、「大和」の歴史資料のコーナーを見学です。
15
写真撮影は、ストロボを焚かなければOK。
16
このコーナーの見学には、やっぱり1時間は必要です。
17
次に、「企画展」の特設コーナーへ。
平成28年5月、呉市が行った「大和」の潜水調査の資料が展示されています。

18
「大和」は、枕崎市の約200km沖合、水深350mの海底に沈んでいる訳ですが・・・
その状態は、下の写真の様にバラバラになって散らばっています。

19
沈没時に弾薬庫が爆発して、この様な状態になったのだとか。
これでは、宇宙戦艦ヤマトには改造出来ませんねぇ・・・。

20
ここも1時間くらい見学していると、すでに夕方になってしまいました。
で、後は端折って回ります。
ここには、特殊潜航艇「海龍」や零式艦上戦闘機等も展示されているのです。

21
ここで私が興味があるのは、零式艦上戦闘機62型です。
22
零式艦戦の最終量産型で、250kg爆弾を投下出来る戦闘爆撃機です。
まぁ、重武装の割に性能はイマイチだったようですが・・・。

23
これで館内を出ましたが、帰る前にもう一つ会いたい船が・・・。
それが、この船、海上保安庁唯一の潜水艇だった「しんかい」です。

24
昭和45年から昭和52年まで、海上保安庁が運用していました。
現在のJAMSTECが運用する「しんかい6500」の元祖ですね。
当時、私が小学生の頃に購読していた「科学と学習」に特集されていて憧れでした。
いつまでも大切に保存して欲しいものです。
これで「大和ミュージアム」を後にしましたが・・・車を出す前にショッピングセンターを覗いたところ・・・これを見付けて思わず2つ購入。
呉の広にある「つぼやきカレー キートン」監修のレトルトカレーです。

25
懐かしい・・・と、申しますのも、このお店、女房と付き合い始めた頃、二人でよく食べに行ったお店だからです。
当時のお店は女房の実家の近くだったのですが、今は少し離れた所に移転しています。
もう少し時間があれば食べに行きたいところですが、今回は暇がありません。
ですから、これは丁度良い土産かな。
これも、女房が退院したら一緒に食べる予定です。

続きはまた近いうちに。
では!

2017年7月25日 (火)

呉へ行きました。(海軍兵学校)

みなさん、こんばんは!
私は夏休みも終わり、今日から通常出勤です。
しかし、暑いですねぇ・・・。


この夏休み、かなり回復した女房を彼女の両親に見せてやろうと思い、実家のある呉へ帰省しました。
27日朝、愛車を静岡駅に駐めて、「ひかり」で一路広島へと向かいました。
新幹線は7年ぶりくらいで、何だかワクワクです。
途中、名古屋で「のぞみ」への乗り換え時に駅弁を購入。

1
これはイマイチでした。
広島からは呉線へと乗り換えです。
電車は綺麗になってましたが、呉線って、今時珍しい単線なんですよ。

2
広島-呉間は約28kmを約45分間もかけてノンビリと走ります。
3
女房の実家は、これまた先の広という小さな駅で下車。
この日は、ご歓待。
女房の両親が喜んでくれたことは言うまでもありませんが、私もまるで「笑点」の大喜利のように座布団10枚の殿様扱いです。
ご馳走に高そうなお酒まで用意されていて・・・。

32
これが居心地良いかと言われると・・・。

で、翌日は母の車を借りて、女房と江田島まで。

4
目的は、海軍兵学校の見学です。
5
これまでにも2度、訪れたことがあるのですが、久しぶりにまた行きたくなりました。
時間を調整しつつ、10時着。

6
現在、海軍兵学校跡には、海上自衛隊の幹部候補生学校と第1術科学校(主として航海術や大砲、水雷、通信等を教える学校です)が入っています。
受付を済ませて、10時30分から見学開始。
海上自衛隊OBの方が案内してくださいます。

7_2
これが本館の海軍兵学校生徒館。
明治26年の建築、赤れんが造りの立派な建物です。

8
正面玄関。
9
かつては菊の御紋章が掲げられていたそうですが、現在は海上自衛隊のマークになっています。
10
残念ながら、見学は外観だけ。
以前は中に立ち入ることが出来たと思うのですが・・・。

11
そうして、これが校庭。
12
ここの松は、いつも「きをつけ~!」と号令を聞いているので、自然と真っ直ぐに伸びるのだそうです。
13
次はお待ちかねの「教育参考館」です。
ここには東郷元帥やネルソン提督の遺髪が納められていますが、残念ながら館内は全て撮影禁止。
撮影可能は外の展示物だけです。

14
大きな「甲標的」がひときわ目を惹きます。
15
真珠湾攻撃で活躍した特殊潜航艇ですね。
これは「大和」の主砲弾。

16
高さ1.95m、直径46cm、重さ1.5t・・・これを「大和」の主砲は、最大42kmも飛ばせたのだそうです。
次が、日本が世界に誇る当時の秘密兵器「93式酸素魚雷」。

17
酸素で機動させる長射程で高速、無航跡の魚雷だったそうです。
間近に見ると、迫力有りますねぇ・・・。

18
そうして、私が何よりも再会したかった不沈艦「雪風」の錨です。
19
海戦史に残る主要な海戦には全て参加し、終戦まで生き残った駆逐艦のストックレスアンカー。
20
これは縁起物です。
ここのところ、不運続きの私。
どうか幸運を・・・思わずアームに手を掛けて祈ってしまいました。

21
最後は「大講堂」です。
22
この建物は、大正6年の建築。
内部見学が可能でした。

23
昔観た、中村吉右衛門さんの「あゝ海軍」という映画のワンシーンが思い起こされました。
24
正面は玉座、つまり天皇陛下が座られる場所だったそうです。
25
これで見学は終了。
時計を見ると、12時を回っていました。
あとは土産物屋で休憩。
で、買ったのがこれ、「兵学校のカレー」レトルト2食入りです。

252
海軍兵学校と刻印されたスプーンが欲しくて、思わず買ってしまいました。
女房が退院したら、食べて見ようと思っています。
帰りはフェリーに乗船、対岸の呉港まで約20分間の船旅です。

26
牡蠣の養殖筏を眺めつつ・・・
27
瀬戸の島 山紫に にほふ茜の呉の浦・・・
28
さて、懐かしい・・・のかな?
続きは近いうちに。
では!

2017年7月16日 (日)

ご心配をおかけしました。

みなさん、こんにちは!
色々とご心配をおかけしましたが、少し落ち着きましたのでブログを再開いたします。
と、申しましても、ネタがありませんので、女房のことを少し・・・。

幸い、病巣は全て手術で取り除くことが出来ました。
PET検査の結果も他に転移は無いとのことで、ほっとしています。
しかし、24日に再入院となり、化学療法が始まります。
これは最初の約1ヶ月間を入院で行い、その後も10月末くらいまで外来で続けるそうです。
医師を信じて、完治することを信じて、やってゆくしかありません。

それで、再入院の前に、女房の実家の呉に里帰りをしようと思い、私は夏休みを取りました。
3泊4日の短い間ですが、旅行が出来るまでに回復した姿を彼女の両親に見せてやろうと思っています。
呉から戻ればきっとネタも出来ますので、このブログも更新できるかな。
では!

1
この写真は、手術前、落ち込んでいた女房を気分転換させようと、本栖湖へ連れ出した時に撮ったものです。
この頃は、私も不安で一杯でしたが・・・。

« 2017年5月 | トップページ | 2017年8月 »