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2018年5月29日 (火)

各務原・前編(「飛燕」を尋ねて)

みなさん、こんばんは!
ダイビングの翌日のお話です。
(以下、マニアックな内容ですので、興味の無い方はスルーしてください。)
22日、女房と岐阜県の各務原まで行って来ました。
各務原?はい、「岐阜かがみはら航空宇宙博物館」です。
きっかけはこの本、「秘めたる空戦」。

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かつて陸軍三式戦闘機「飛燕」のパイロットであった松本良男氏の空戦の記録です。
読んだのは随分前ですが、この「飛燕」という飛行機を見てみたいという気持ちがふつふつと湧きました。
それで、5年前だったかな。
鹿児島は知覧の「知覧特攻平和会館」を訪れ、当時、その場所に展示してあったこの「飛燕」を見た訳ですが、塗装がデタラメ(プラモデルでも、もう少し正確丁寧に塗りますよ)で少しガッカリした憶えがあります。
その「飛燕」が2年前に知覧から各務原に帰り、塗装を落として展示されていると聞き、居ても立ってもいられなくなった・・・と、いう訳です。

22日朝、7時に女房を愛車に乗せて清水の自宅発。
新東名を各務原へと向かいました。

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途中、休憩を取りながら、10時過ぎに目的地である「岐阜かがみはら航空宇宙博物館」に到着。
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さっそく「飛燕」へと向かいましたが・・・
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途中、室外展示されている飛行機で足止めです。
陸自のバートルや、

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エアーニッポンのYS-11、
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そうして、未だ現役で飛んでいる救難飛行艇US-1Aに、
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私が高校生の頃まで現役だった対潜哨戒機P2J
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これ等をジックリ眺めるだけでも、30分は必要です。
まぁ、時間が無いので、早々に切り上げて館内の本命へと向かいました。

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入館料は大人一人800円ナリ。
先ず入口には「乙式一型偵察機(サルムソン2)」の複製が展示してありました。

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なんだぁ・・・複製か・・・興味なし。
薄暗い奥へ入ると・・・そこには鈍い銀色に輝く機体が・・・「飛燕」だ!

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あぁ、美しいなぁ・・・
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知覧に展示されていた当時のデタラメな塗装はすっかり落とされて、ジュラルミンの地がライトに照らされて鈍い光を放っています。
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流線型のスマートなスタイルは、まさにツバメの様・・・
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この三式戦闘機「飛燕二型(キ61-II改)」は、この各務原が故郷。
昭和19年、この地にあった川崎航空機岐阜工場で製造された約3,000機の中の1機です。

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これが、世界で1機だけ残っている完全な現存機なんです。
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そう思うと、余計に感慨深いものがありますね。
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この「飛燕」という戦闘機、当時の「隼」や「零式艦上戦闘機」と比べるとマニアの間ではイマイチ人気がありません。
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「飛燕」と戦った米軍も、他の日本の戦闘機と比べて組みやすい(弱い)戦闘機であったと言っています。
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それもこれも、「飛燕」はエンジンがイマイチだったから。
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(これは「飛燕」の計器板です。)
「飛燕」のエンジンは、ドイツの名機メッサーシュミットBf109Eが搭載した液冷エンジン「DB601」をライセンス生産した「ハ40」なんですが、当時の日本の工業技術では、精巧なダイムラーベンツ社製の液冷エンジンを完璧に複製することは無理だったんですね。

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(これが「ハ40」です。)
複雑な構造のため整備が困難で故障が相次ぎ、稼働率が悪く、パイロットにも不人気だったそうです。
それでも、熟練したパイロットが乗れば、当時の米軍機と互角以上に戦えたそうですが・・・。

だからといっても、「飛燕」が美しい飛行機であることは間違いない。
私は興奮して写真を撮りまくり、この「飛燕」だけで、1時間くらい時間を費やしてしまいました。
女房は呆れて、付き合っていられないとベンチで休憩です。
うん、十分満足しました。
続きは近いうちに。
では!

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

今晩は!

私も快適なジェット旅客機よりプロペラ機の方が好きで、
さすがに戦闘機は乗った事ありませんが、セスナなら何度
か乗った事があり、副操縦席で操縦の真似事をさせてもら
った事もあります(*^-^)

飛燕、とても優美で女性的なフォルムですね( ̄▽ ̄)

こんにちは

おら 調布にある飛燕の掩体壕airplaneを見に行っただ。。。
もちろん 飛燕airplaneはねぐ シートに画が描かれていただ
掩体壕の大きさから それほど大きくはない飛行機だと
思っただ、、

奥方様も一緒に行かれて良かっただ
まっ、、、確かに 飽きちゃうだよ、、、ね
おら 土産屋が近くにあったら そこで時間潰すけんどね
happy02

こんばんは。
 知覧にも行きましたが、記憶にはなく・・・?
そしてYS11には搭乗したことがございますよ。
歳がばれる?羽田から小牧空港まで・・・。
大島の上で乱気流発生で急降下down
夫は生まれて初めて乗った飛行機でしたから、
私の腕を掴んで「大丈夫かな?」って言ったのですよ。
私はね、死ぬときは一緒でしょって言い返したことを
今でも覚えておりますよ!女は強し!!

fujikazeさん。こんばんわ。飛燕拝見させて頂きました。
ありがとうございます。日本版メッサーシュミットと言った機体でしょうか。
ドイツ博物館で、本物のメッサーシュミットを見たことがございます。
飛燕も小柄ですが、メッサーシュミットも意外と小柄でした。
照明がかっこよく照らされていて良かったです。
浜松のゼロ戦はごらんになられましたか?

なーまんさん、こんばんは!
私は旅客機よりも戦闘機全般が好きです。
戦闘機を見ると興奮します。
飛燕は美しいでしょう。
女性的と言われればそんな印象がありますが、これでも両翼に20mm機関砲が付いています。
男の飛行機ですよ。

あさひさん、こんばんは!
この飛燕は福生で米軍に接収されたものだそうです。
陸軍航空審査部の所属機だったようですが、調布の実戦部隊にも配備されて帝都防空戦に当たっていたのでしょうね。

女房は飛行機には全く興味が無いのですが、とりあえず付き合ってくれています。
飛行機博物館の土産物にも興味が無いので、私が子供の様にはしゃいでいるのを見ている方が良いようです。

マコママさん、こんばんは!
マコママさんにとってYS-11は、旦那様と初めて乗った想い出の飛行機でしたか。
私も初めて乗った飛行機はYS-11でした。
小学校5年生の時に、福岡から高松まで。
東亜国内航空でした。
興奮しましたよ。
その後も何だかんだでYS-11には良く乗りました。
懐かしい飛行機です。
新しい国産旅客機、MRJの登場が待たれますね。

blue birdさん、こんばんは!
本物ののメッサーシュミットを見たことがあるのですか。
羨ましいな。
私もいつかは見てみたいものです。
海外の博物館で見たレシプロ戦闘機は、北京の軍事博物館で見たP-51Dムスタングくらいです。
台湾からの亡命機でした。
浜松のエアパークは毎年年末に行き、カレンダーを買います。
あそこも夢の国ですね。
私的には、零式戦でしたら、靖国神社の遊就館の物か鹿屋航空基地資料館の物が美しくて好みです。


こんにちは

父は昔、飛行予科訓練生でした。
もう少し終戦が遅れたら、きっと若くして命を落としていたのだろうな~
その後、ずっと飛行機大好きで、きっと各務原航空宇宙博物館に行ったら泣いて喜んじゃう(≧∇≦)sweat01
何時間も「飛燕」の前を動かないかもcoldsweats01
飛行機の模型、グライダーも好きなのでよく飛ばしにdash
今は天国をグライダーと一緒に飛び回ってま~すairplane

そうですか(*^-^)
私は海軍びいきなので、雷電や烈風が男っぽいと
感じます。名前も勇ましいし( ̄▽ ̄)

らるごさん、こんばんは!
そうでしたか。
お父様が予科練生ねぇ・・・。
霞ヶ浦の?
なるほど、それならばきっと飛行機はお好きでしょうね。
私もその時代に生まれていたら志願しただろうなぁ・・・。
もっとも、頭の出来で落とされたと思いますが・・・。
お父様は海軍さんですから、飛燕よりも零式艦戦の方かな。
ならば、お薦めは海上自衛隊鹿屋航空基地の資料館ですが、鹿児島の僻地ですからねぇ・・・。
でも、是非、親孝行で連れていってあげてください。

こんばんは♪

マニアではなくとも、この機体を前にすれば
言葉を失って時間が過ぎそうですね。
美しい機体と儚きエピソードに心惹かれますconfident
模型も含め、この時代の飛行機に触れる機会が
中々ないのは残念ですが、いつか実物を見ていたいものです。

なーまんさん、こんばんは!
そうですか。
海軍機の方がお好きでしたか。
私は、どちらかというと陸軍機の方が好きです。
「隼」「鍾馗」「屠龍」「飛燕」「疾風」「五式戦闘機」・・・。
こちらはスマートかな?
もちろん、海軍機も大好きですよ。
戦闘機は日本の物にかぎらず、欧米の物もみんな好きです。

billさん、こんばんは!
子供の頃からこういう戦闘機のプラモデルを作っては、夢を見て想像を膨らませていました。
ですから、本物を目の前にすると、何とも言えない感動を覚えます。
billさんがこういった物がお好きであれば、一度本物を見られることをお薦めします。

こんにちは

すみません。 母に父のことを聞いたら「霞ヶ浦なんて、そんな立派なところに行ってませーん!」ですってcoldsweats02
どうも民間?の飛行学校でそれは米子にあって、、戦闘訓練などしていたようです。
まったく海軍さんとは縁のない父でした~
私の勘違いです(人><。)
その父も平和な時代に亡くなり今年で15年です。
こんな施設にたくさん連れて行ってあげればよかったと今は思いますconfident

らるごさん、こんにちは!
そうでしたか。
あの時代に民間の飛行学校でしたか。
凄いなぁ、らるごさん家の大きさが判ります。
私は高校生の時、官を受検して(自衛隊)に落ちたので、民間でも・・・と考えたのですが、金銭面でとても親には言い出せずに諦めました。
飛行機好きは幾つになっても飛行機好きです。
ご存命の時に連れていってあげれば良かったですねぇ・・・。

暗闇に光を受けて浮かび上がる飛燕は、まるで深海魚のようです。
それはまるで、滅多に見られないレアな生き物のような。

戦闘機は靖国(遊就館)に飾ってあるゼロ戦しか見た事がありませんが、あんな小さな機体で600km/hの速度で飛ぶ、それだけで怖い気がします。
それを宙返りをしたり、相手の攻撃を受けたりする訳ですから、昔の人は勇気があったものです。もっとも勇気が無くてもやらざるを得なかったのかもしれませんが。

仕事で小さいバイクに乗っていても怖い私には、飛行機なんかとてもとても。(ノ_-。)

ハルさん、こんばんは!
深海魚ですか・・・。
なるほど。
でも、深海魚ってグロテスクな物が多いのでは?

遊就館の零式艦戦52型は美しくて私も大好きです。
でも、いつも人が多くてね。
写真を撮りたくても人が写り込んでしまうので、撮りたい時は朝1番に行くようにしています。
私は、死んでも良いので乗って操縦してみたいなって思います。
生まれ変わるならば、この時代に・・・って、馬鹿な事を本気で考えていますよ。
もう変態の類いですかね。

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