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2018年11月 5日 (月)

さぁ、謙信公に会いに行こう!(最終日)

みなさん、こんばんは!
カープが負けてしまいましたね。
当日は女房に付き合ってテレビの前で応援していましたが、ホークスに手も足も出ず惨敗。
決まった瞬間に女房はチャンネルを変えましたよ。
以来、カープの話題に触れることは出来ません・・・。

さて、長野-上越旅行の三日目、最終日です。

【上杉景虎像を見たい】
朝9時前に旅館を出た私たちは、妙高市内の勝福寺へと向かいました。
愛車のナビをセットして出発。
勝福寺へは約20分程で到着です。

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ここに上杉景虎の像があることを「雪ん子さん(妙高のやさしい風)」に教えていただき、立ち寄った次第。
私は、上杉景虎派(大多数の人は、上杉景勝を正統な跡継ぎと考える上杉景勝派)。
謙信公が考えていた跡継ぎは、上杉景虎であったと考えています。
(理由を述べると、みなさんが退屈なさると思いますので省略します。)
上杉景虎は、後北条氏の男子に多く見られる美青年であり、頭脳明晰であったそうです。
本堂に参詣して、境内の左側にある上杉景虎像へ。

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なるほど、凜々しい顔立ちをしていますね。
隣には供養碑が建っています。

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合掌・・・。
女房は興味が無いので、不思議そうに私を見ていました。
上杉景虎を説明しても疲れるので、早々に済ませて出発です。
(彼女も大河ドラマの「天地人」を欠かさず視ていた訳ですが・・・)

【危うく遭難?】
勝福寺の次は、鮫ヶ尾城址へ向かいました。
上杉景勝に敗れた上杉景虎は、再起を期すため小田原へ逃げる途中、立ち寄ったこの鮫ヶ尾城で城主の裏切りにあい、自刃して果てたのです。
車で5分程、駐車場に愛車を駐めて登城口へ。

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登城口には売店を兼ねた管理棟があり、そこのおばさん(失礼!私よりも年下だろうな)が感じの良い方で、山頂の本丸までの所要時間を聞くと、子供でも15分で辿り着くとのこと。
ならば楽勝だと思い、30分位で下りてくるからと、女房を管理棟で待たせて一人山頂の本丸址へと向かいました。

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北登山道を登って行けば良いとのことだったのですが・・・見ると、左側の太い道の右側に細い道がある。
私には、太い道は下って行く様に見え、細い道は登って行く様に見えたのです。
これは右側だろうと思い、細い道へ入って行くと・・・獣道のような登山道で、行く先々に蜘蛛の巣が張っています。
足下は、所々にイノシシのヌタ場と思われる様な水溜まりがあり、歩きにくいことこの上なし。

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おまけに数カ所Y字T字に道が分かれており、これは危ないなと思い、帰りに迷わないよう、目印を付けながら藪を掻き分け、蜘蛛の巣を払って進みました。
しかし、行けども行けども山頂は見えてきません。
30分も歩くと、コンクリートで出来た井戸の様な物に突き当たり、行き止まりです。
あぁ、間違えたなぁ、左側の太い道だったんだ・・・残念!
引き返すのにまた30分、目印を付けて置いたので、迷わず登山口入口に辿り着いたのですが、管理棟から例のおばさんが熊除け鈴を鳴らしながらこちらへ向かって来ています。
私を見るなり「あぁ、良かった」。
何でも私の帰りがあまりに遅いので、途中で足でも挫いて倒れているのではないかと、売店を女房に任せて捜索に出た所だったのだそうです。
事情を説明すると、私が入った道は、地元の人が山菜を採りに入る道で、まさかそんな細い道へ入るとは思わなかったとのことでした。
まぁ、笑い話です。
記念にハンドタオルを買い、私の様に細い道に入る人がでない様、看板でも立てて下さいと若干の整備費を寄付して、鮫ヶ尾城址を後にしました。

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鮫ヶ尾城址は、次回、再チャレンジですよ。

【難局打開の鉄球】
鮫ヶ尾城址を後にして、次は光ヶ原高原へと向かいました。
30分くらいで到着。

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ここは上越市で長野県境です。
標高は800m~1,100mで、紅葉が進んでいました。

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眼下には、頸城平野が一望です。
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さて、今回、私がここへ来た訳は・・・。
ここに浅間山荘事件で使用された鉄球が展示されていると、「葵衣さん」に教えていただいたから。
10月10日、彼女の「(
あれこれ気ままに山日記)」を拝見していたところ、鉄球の記事を発見。
この日は奇しくも、佐々淳行氏が亡くなられた日。

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映画「突入せよ!」は女房を連れて映画館へ見にゆきました。
感動してDVDも買いました。
氏の著書「危機管理のノウハウ」も読みました。
私は氏から、「上越に行くのなら立ち寄るように」と言われたような気がして、行かずには居られなかったのです。
場所は高原の中腹、すぐに分かりました。

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入口の碑から木道を30m程行くと・・・それはありました。
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左が浅間山荘事件で本当に使用された鉄球で、右は映画「突入せよ!」で使用された鉄球とのことです。
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これがねぇ・・・当時、私は小学校の4年生だったかな。
学校から帰って、テレビにかじり付いて視ていました。
銘板には、「難局打開の鉄球」とあり、佐々淳行氏の「この鉄球は一人の人質にされた主婦を救うために命を賭けた千六百三十五人の警察官達の勇氣の証です。」との筆がありました。

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感動です!あぁ、来ましたよ佐々さん・・・。
女房は「ふ~ん・・・」で終わり。

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記念写真を撮って、高原を散策しました。
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高原の紅葉は本当に見事でしたよ。
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まるで山全体が燃え上がった様です。
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これ程の紅葉、静岡ではまずお目にかかれません。
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綺麗ねぇ・・・女房もウットリ眺めていました。
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本当に時間が過ぎるのを忘れてしまい、気付いたら既に1時を回っていました。
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あまりゆっくりしていると、帰りが遅くなります。
名残惜しいところですが、高原を後にして道の駅へと向かいました。

【今年の新米】
約30分で、「道の駅あらい」に到着。
さぁ、買い出しです。

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店内には、新米がずらり・・・。
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妙高産(矢代産)の新米をゲットです。
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このお米、本当に美味かったですよ。
上越の人は、毎日こんなお米を食べているのかなぁ・・・。
羨ましすぎる。
そうして、お酒をゲット。

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旅館で飲んだ、美味しかったお酒。
スッキリしていて、日本酒が苦手な私でもクイクイ飲めたので購入。
そのうち、女房が横浜の出城へ来たら飲む予定です。
あぁ、楽しかった長野-上越旅行。
さらば妙高!また、来年も来たいなぁ・・・。

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しょんない旅行記に、最後までお付き合いくださりありがとうございました。
では!

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

鮫ヶ尾城の件ですが あの話ですね 本当に良かったですよ もし目印をつけてなかったらと思うと笑い話では済まされなくなりますよ。それにしても見事な紅葉です。

鮫ヶ尾城址は残念でしたが、目印を残して昇るところは流石です。
登山経験のない自分では遭難していたかも知れません。
しかし親切な女性ですね。
「FUJIKAZE」さんご夫妻の人柄がそうさせてくれたものと思いますよ。
静岡では見られない紅葉。
自分たち夫婦もかつて訪れた十和田八幡平国立公園を中心にした八甲田山や東北地方の広大なスケールの紅葉を思い出しました。
しかし、好い旅になりましたね~
そして何時もながら文章が上手いです!


ホークスはお隣りじゃが、やはり、緒方監督応援せな、だけど
なかなかかてませぬな(^-^;

こんにちは!

鮫ケ尾城址であやうく遭難!?
びっくりです。
でもFUJIKAZEさん、さすがですちゃんとテープ付けて登ったのですね。
慎重な行動見習わなくちゃです
いろいろ名所旧跡巡られよかったですね~!
高原は紅葉に燃えて、FUJIKAZEさんご夫妻を歓迎してるようです
最後の車窓にたぶん妙高が
お天気に恵まれてすばらしい長野~上越の旅でしたね!

おはようございます。

3回目は、わが家周辺の記事で・・・楽しく読ませていただきました。
鮫ヶ尾城址で遭難!!!エッ~~~? (ワッハハ・・・ゴメンナサイ)
そうか~初めての方にはそうなのか・・・と。
私なんぞは、カタクリの季節には何度も登るので・・・
にわかに信じがたいお話で・・・ゴメンナサイね。
テープって・・・いつも持ち歩かれるんですか?(スゴイ)

景虎の像も見に行って下さったんですね
オマケにブログにリンクまで張って下さって、ありがとうございました。
私も奥さまと同感?歴史、神社仏閣等は苦手(興味が無い?)で・・・
光が原高原(鉄球)も鮫ヶ尾城址も、ウォーキングまたは植物観察のついで・・・

FUJIKAZEさんのお気に入りのお酒を製造している蔵本は
R292沿いにありまして、道の駅からなら長野方面に向かって20分くらいかな?
かやぶき屋根のすてきなたてものです。
興味がおありでしたら、↓詳しくは鮎正宗酒造でご覧下さい。
https://ayumasamune.com/kura/

こんにちは。
 紅葉を愛で、大好きは謙信さま、景虎さまにも
会われて何よりでしたね。
 あ~遭難寸前?目印が効きましたね。
そしてご親切な女性!良かったです!
 私もその昔、浅間山荘事件、TVに釘付けでした!

こんばんは!

光ケ原高原からの
青空に山が燃えるような紅葉
素晴らしいんですね~!
私も見たいです(笑)
【鉄球】上越行くなら見にいかねば・・で、
紅葉と鉄球と楽しんで貰えたようでよかったです。
お酒がお好きなようですが、
10月の第3土日に、謙信SAKE祭りがあります。
日にちが合えば、来年いかがですか??
宿泊は、隣の柏崎にある、【門出かやぶきの里】
古民家なんですが田舎料理のおもてなしの、
ごっつお(ごちそう)がいっぱい出て来ますよ。

ハッピーのパパさん、こんばんは!
はい、あの話です。
まぁ、笑い話ですから。
次回は、この位みごとな紅葉の山に登りたいですね。
やっぱり、静岡では無理ですかね。

country walker さん、こんばんは!
鮫ヶ尾城址は来年、再挑戦です。
次回は、大丈夫でしょう。

十和田八幡平国立公園に八甲田山ですか。
私も行きましたが、真夏だったので紅葉は見ていません。
きっと見事なんでしょうねぇ・・・。
この季節、また訪ねてみたいです。

ちゃちゃわんわんさん、こんばんは!
そうですよね。
緒方監督は鳥栖の人ですよね。
うちの親父は、そんなことも知らないのか、ホークスを応援していましたよ。
馬鹿ですねぇ・・・。

こんばんは♪

美しい景観もさることながら、様々な歴史の表裏を感じさせられますね。
どのスポットもそうですが、そこに纏わるエトセトラを知ると知らぬとでは、
全く楽しみ方も変わってきますので、記事としても高いクオリティかと
まぁ何より、遭難せず無事に帰宅されたことが一番でしょうか^^;
お疲れ様でした。

らるごさん。こんばんは!
さすがにテープを持っていた訳ではありませんよ。
足下に木の枝がいくらも転がってますから、それを集めて束にして目印にしたのです。
目印を置かないと、帰れないと直感しましたからね。
また来年、再挑戦です。
天気には恵まれました。
最高の紅葉も見る事が出来ました。
楽しかったですよ。

雪ん子さん、こんばんは!
お恥ずかしい話です。
でも、ちょっと不親切な案内板ですよね。
登山路はこちらって、矢印の板くらいは付けておいて欲しかったですよ。
でも、遭難しそうだった人って、私くらいだったのでしょうね。
私が迷い込んだ道はマ○タケが採れるのだそうですよ。
ご存じでしたか?
目印にしたのは、テープではなくて足下にいくらでも落ちている木の枝です。
集めて進路に置きました。
鮎正宗酒造のホームページ、拝見しました。
なるほど、次回は直接訪れて涌き水をいただいてみるかな。
情報ありがとうございました。

マコママさん、こんばんは!
はい、謙信公にも、三郎景虎にも会えて最高の旅でした。
浅間山荘事件、思い出しますねぇ。
映画はあの光ヶ原高原でセットを組んで撮影されたのだそうです。
だから、鉄球が展示されているのですよ。
紅葉が見事で、なかなかの光景でした。

葵衣さん、こんばんは!
はい、鉄球も紅葉も楽しむことが出来て最高でした。

謙信SAKE祭りですか、良いですね。
参加してみたいです。
今年は前の週だったのですね。

柏崎の古民家ですか。
魅力的ですね。
私的には、次回は柿崎城址や猿毛城址を訪れてみたいと思っているので、柏崎泊も良いですね。
見当してみます。
情報ありがとうございました。

billさん、こんばんは!
まぁ、自己満足な旅でしたが、そこそこ目的をクリア出来て良かったです。
鮫ヶ尾城址では遭難するところでしたが、まぁ笑い話で済みました。
また来年チャレンジです。

親切なおばちゃんですね!
城山でも
危機管理は大切。。。参考になります。
その間 奥様は
売店の看板娘に変身していたのですね!

waniさん、こんばんは!
はい、女房も私が迷っている間、話し相手になってもらったようです。
看板娘?
薹が立ちすぎていますがね。

上杉景虎も、あさま山荘事件も、その背景にある歴史&ドラマを知ると知らないとでは、感じ方には大きな差があるのでしょうね?

私達が子供の頃は、この連合赤軍以外にも、色々と暴力的な事件は起きてましたっけねえ。革マル派・中核派なんかの闘争もありました。
私の同級生は、同じアパートに住む住人が部屋で爆弾を作っていて、部屋(アパート)が爆発しました。それに比べて今は平和と言えば平和なのかもしれないです。
月日が経ち記憶が薄れ、あさま山荘事件?ああ、あれでカップヌードルが売れるようになったんでしょ?とこんな程度に。

まあ綺麗な景色を見て、美味しい物を食べれば楽しいものです。歴史に興味が無くても一緒に楽しんでくれる奥様が居て幸せですね。(^^)v

ハルさん、こんばんは!
そうですね。
私なんか興味があるから、訪れて感動しますが、女房なんて何も興味が無いから、鉄球見て何を感動しているんだろうくらいの感覚ですね。
今でも、当時の残渣は残ってますよ。
中核派党中央は最近若い人のオルグに成功して構成員を増やしていますし、革マル派は相変わらず不気味でコソコソと何かやっています。
革労協反主流派は未だロケット弾を造っていますしね。
どのセクトも何とか勢力を拡大しようと、沖縄の辺野古に人員を派遣してますし、先日、築地市場閉鎖の時に反対派のお店と一緒に騒いでいたのは、中核派党中央と統一委員会の奴らですから。
まだまだおかしな連中は多いです。
郵便局にも多いでしょう。
ご注意を。

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