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2019年6月

2019年6月24日 (月)

今日はあえてネタ無し

みなさん、こんばんは!
ネタが無い訳ではないのですが・・・。
小ネタで更新です。
【今年も出展】
今年も出展しました「静岡県写真愛好者芸術展」。
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例年よりも二ヶ月ばかり早くて、出展する作品が無かったのですが、あえて出展しました。
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何だかんだで、千人くらい見に来てくれたそうです。
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えぇ、これで千人?上の写真は最終日で作品を引き揚げる直前ですから・・・。
で、私の出展した作品はこれ。
4_20190624213501
良いと思ったのですが・・・プリントするとちょっと暗い。
う~ん、プリントをやり直してと言えないところが私の気の弱さ。
このまま展示しました。
来年はもっと素敵な写真を出展したいものです。

【美味しいもの1】
八戸のスーパーで買った「南部せんべい」です。
5_20190624213501
これは地味に美味いです。
素朴なせんべいですが、癖になります。
また買いたいな。

【美味しいもの2】
これも八戸のスーパーで買った「いちご煮」です。
ウニとアワビの潮汁なんです。
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このまま温めて食べても美味いそうですが、我が家は女房が炊き込みご飯にしてくれました。
美味かったぁ・・・。
もう一缶買っておけば良かった。

【美味しいもの3】
最近セブンイレブンで買った「桔梗信玄餅のチロルチョコ」です。
7_20190624213501
あの山梨の銘菓である桔梗信玄餅とチロルチョコのコラボなんですよ。
小売りもしていたのですが、しっかり箱買いの大人買い。
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中身はこんな感じ。
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餅と黒蜜をきな粉風味のチョコでコーティングしてあります。
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正にこれは桔梗信玄餅!美味かったぁ・・・。

【美味しいもの4】
こっちは、その桔梗信玄餅チロルチョコのきな粉風味のチョコが宇治抹茶風味になったヤツ。
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これも大人買いしました。
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中身はこんな感じ。
13_20190624213701
とろけると口の中一杯に抹茶の風味と黒蜜が広がります。
美味い!!!

【???】
ジェットストリーム・・・
遠い地平線が消えて、ふかぶかとした夜の闇に心を休める時、はるか雲海の上を音もなく流れ去る気流は・・・
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ラジカセから流れてくる城達也さんのナレーションは最高だったなぁ・・・。
ある日の、愛機?左舷窓からの光景・・・。
私が中学生の頃に夢見たジェットストリームって、きっとこんな感じなんだろうな・・・。

で、明日から年に一度のお楽しみ、石垣島に行って来ます。
次回はそのネタで更新かな。
しばらく、みなさんの所へはお邪魔できませんが悪しからず。
では!

2019年6月20日 (木)

みちのくひとり旅?(二日目の終盤)

みなさん、こんばんは!
八戸の旅も、これでようやく終了です。
出し惜しみした訳ではありませんよ・・・。

八甲田山を後にして、車は奥入瀬へ。
何だかんだで到着まで一時間くらいかかったような・・・。
奥入瀬渓流って、全長が14kmもあるそうな。
所々に小さな瀧や急流があって飽きません。
1_20190620231801
渓流沿いの国道を景色を眺めながら十和田湖へ向けて走っていたのですが、
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途中で、彼から「せっかくだから歩くか?俺は十和田湖で待っているから。」と提案され、私は車を降りて、遊歩道を歩くことにしました。
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気に入った風景を見つけては、パチリ、パチリと写真を撮りながら・・・
4_20190620231901
結局、約3km、時間にして1時間ちょっと歩きましたよ。
5_20190620232001
もちろん、1時間くらい歩いたところで、全く苦痛なんて感じません。
苦痛どころか、渓流沿いの遊歩道は緑が鮮やかで、空気が何とも心地良い。
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マイナスイオンを全身に浴びながら歩きました。
7_20190620232001
奥入瀬渓流は歩くのが正解、歩いて良かったなぁ・・・。
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えっ、もう終点?
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十和田湖の東湖に着いてしまいました。
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車を見つけて近寄ると、彼は車の中で昼寝中・・・朝早くから運転させてしまったものなぁ・・・ありがとう!
車に乗り込んで出発、有名な「乙女の像」を目指して走ります。
途中、「瞰湖台(かんこだい)」というビューポイントに立ち寄って一服。
11_20190620232101
断崖絶壁の上にある展望台で、ここから見下ろす十和田湖の風景は絶品なのだそうですが・・・ちょっと、春霞状態で残念でした。
この展望台から10分も走って、十和田湖の西湖に到着。
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駐車場に車を入れ、湖畔を10分くらい歩くと・・・
到着、「乙女の像」です。
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言わずと知れた高村光太郎の作品。
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氏の詩集である「智恵子抄」の主人公、妻の高村智恵子さんがモデルだと言われていますね。
う~ん、彫刻って良く分からないのですが・・・十和田湖の風景に良く合っていましたよ。
さぁ、この旅行で行きたかった所へは、これで全て行きました。
時計を見ると、もう4時前です。
さぁ、帰ろう。
十和田湖を後にして、八戸へと急ぎました。
ところが・・・途中、彼がニタニタしながら、「この先に、キリストの墓があるんだぞ。」って言うのです。
「キリストの墓?何だそれ?」・・・結局、立ち寄ることに。
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まぁ・・・その・・・何と言うのか・・・
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要するに、磔で死んだのはキリストの身代わりとなった弟のイスキリであって、キリストは日本に渡り、この地で106歳の天寿を全うした・・・のだそうです。
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へぇ~~~驚いた!
はい、これがキリストの墓。
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で、こっちが、イスキリの墓なんだそうです。
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本当なの?・・・信じる者は救われる・・・のかな。
けっこう、真面目に信じている人もいるそうですので、これ以上は追求しません。
このあと、八戸市内のスーパーに寄ってもらって、南部せんべい他、土産物を買って、新幹線に飛び乗ったのは6時を回っていましたよ。
清水の自宅に帰り着いたのは、日付が変わって午前1時半頃でした。
何だかんだで、友には随分と世話になってしまいました。
まぁ、「同じ釜の飯を食った同期は生涯の友」ですからね。
彼が清水へ来たときは、何処を案内するかな・・・なんてもう考えています。
先ずは、山梨の南部町かな。
彼のご先祖の地かも知れないしね。
長い旅行記にお付き合いありがとうございました。
では!

2019年6月15日 (土)

みちのくひとり旅?(二日目の中頃?)

みなさん、こんばんは!
今日は清水の自宅でゴロゴロしていました。
雨、降ってますねぇ・・・。
梅雨だなぁ・・・。

さて、前回の続きです。
車は一路八甲田山を目指し、切り開かれた森の道を走ります。
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新緑がとても綺麗。
たまに信号で止まると、カッコウの声が聞こえてきます。
青森県・・・森が青い・・・正に言い得て妙だなぁ・・・。
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途中、景色が良いところがあると、車を止めてもらいパチリ。
と、しながら、先ずは「八甲田山死の彷徨」の舞台へ。
八甲田山だもの、ここへ行かなくちゃね。
駐車場に車を駐め、5分ほど整備された山道を登ると、少し開けた所に「雪中行軍遭難の地」と書かれた看板がありました。
3_11
彼曰く、「この辺りは有名な心霊スポットなんだぞ」だそうな。
撮った写真には何かが写っているかも知れませんね。
「八甲田山死の彷徨」って、ご存じでしょうか。
新田次郎の小説で映画化もされましたね。
概要は、明治35年、回避不可避な日露戦争に備えて帝国陸軍が行った八甲田山における山岳行軍演習で、演習中に記録的な大寒波に襲われ、青森歩兵第5聯隊の参加者210名中199名もの人が凍死した大事件です。
映画の公開は私が高校生の時、観に行きましたよ。
もちろんDVDも持ってます。
看板から少し歩くと・・・ありました。
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有名な「後藤伍長の像」です。
青森歩兵第5聯隊生存者12名(1名は救助直後に死亡)の中の一人で、救助を要請するよう命じられて吹雪の中を一人で先発し、猛吹雪の中で歩けなくなり、立ち往生、瀕死でいるところを発見され救助された、青森歩兵第5聯隊遭難の第一報を報告した人です。
5_11
この像を見上げていると、映画の名場面がありありと蘇ってきますよ。
ちなみに、ここにはボランティアガイドの方がいて、この像について詳しく説明してくれました。
この像の彫刻は、靖国神社の大村益太郎像を制作した大熊氏広氏なんだそうです。
なるほどねぇ・・・。
6_11
ここで、しばし八甲田の雄大な景色を眺めて、出発。
有名な「城ヶ倉大橋」へ。
私一人車を降りて橋の歩道を歩きました。
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この橋は、全長360mの日本一の上路式橋だそうで、けっこうスリリング。
高さが120mもあるので、眼下に広がる城ヶ倉渓谷は怖くてあまり見る気にはなれません。
右手の八甲田山を見上げながら対岸へ。
8_11
彼がニタニタしながら待ってましたよ。
彼から、「奥入瀬へ行く途中に「蓮池」という綺麗な池があるから寄ろう」との提案。
もちろん同意して出発です。
途中、「地獄沼」という、湖底から熱湯が噴出しているという沼に立ち寄り、下車してパチリ。
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道中、初めて見る、両側に雪の壁が残る道にワクワクしながら車窓からパチリ、またパチリ。
10_11
彼は、運転しながら、そんな私を横目に見て「何がそんなに楽しいんだ?」と不思議そうに訊ねます。
私は、「この景色を見慣れているお前には分からんさ」と、ぶっきら棒に答えてまたパチリ。
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さて、「蓮池」に到着、車を路肩に寄せ、歩いて池へ向かいました。
辺りはまだ深い雪の中・・・雪だぁ・・・先の冬は雪を見なかったものなぁ・・・これだけでも感動です。
12_10
少し歩くと、池が見えてきました。
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遊歩道の様な物がありましたが、当然、まだ半分以上雪に埋もれていましたよ。
池もまだまだ雪の中・・・
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それでも、ここから見る景色は絶景です。
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う~ん、なんて美しいのだろう・・・。
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写真を撮りまくったのは言うまでもありません。
「蓮池」を楽しんで車に戻り、さて出発しようとする彼に私は、「ちょっと戻った所に気になる風景があったから少し待っていてくれ」と頼み、一人歩いて3分程車道を戻りました。
到着寸前に車窓からチラリと見えた風景・・・きっとあれは・・・その場所に戻って見ると・・・
17_5
あぁ、やっぱりミズバショウの群生だ。
18_4
辺り一面にミズバショウが咲き誇っていました。
実は私、ミズバショウが咲いているのを見るのはこれが初めて。
う~ん、感動です!
ふと、足下を見ると、そこにも少し咲いていましたよ。

しばし見とれていると、彼が車を回して来ました。
「何だそれ?」「何だって、ミズバショウじゃないか」「珍しいのか?」「・・・」
あぁ、最高でした八甲田山。
20_2
少し名残惜しかったのですが、この後、車は「奥入瀬」へ。

この旅行記は、もう少し続きます。
では!

2019年6月11日 (火)

みちのくひとり旅?(二日目の前半の追記?)

みなさん、こんばんは!
さて、前回の続きです・・・と言いたいところですが、続きではなくて追記(の様なもの)です。

八戸から帰って・・・ふと、静岡と山梨の境界、山梨側に「南部町」という街があったことを思い出しました。
そういえば、街の入口に「南部氏発祥の地」と書かれた看板もあったような・・・。
南部氏は甲斐源氏・・・ひょっとして・・・。
女房に、「もうサクランボの季節だから、初物を買いに行こう」と誘い、今朝10時、愛車に女房を乗せて出発しました。
サクランボの購入が第一目的?なので、先ずは山梨県南アルプス市の「道の駅しらね」へ。
1_10
ここは地元の農産物直売所でもあります。
2_10
自宅からノンストップで、約1時間半で到着。
3_10
周辺のサクランボ畑では、赤く熟したサクランボがそこかしこに実っています。
4_10
早速店内へ入ると・・・平日なのにサクランボを求める多くの客で混雑していました。
棚には沢山のサクランボが並んでいます。
5_10
さてどれを買おうかな・・・選んでいると、どれもけっこう高価・・・
店員さんの話では、今年はできが悪いのだそうな。
小さくて少ないのだそうです。
う~ん・・・散々迷ったあげく、買ったのがこれ。
6_10
帰宅して早速食べてみましたが・・・甘~~い!
7_10
これは美味かった。
女房と二人であっという間に1パックを食べてしまいました。
サクランボ、美味いものですねぇ・・・。
私、生まれも育ちも北九州ですから、子供の頃は生?のサクランボなんて、見たこともありませんでした。
私の
周りにはありませんでしたよ(多分ね)。
サクランボは缶詰でしたね。
着色料で真っ赤に色づけされて、シロップに漬かったアレですよ。
あんみつに入っているヤツです。
あれがサクランボだって思っていました。
生?のサクランボを初めて食べたのは就職して関東へ来てから。
衝撃的でしたねぇ・・・サクランボってこんなに美味い果物だったのかってね。
懐かしい思い出です。
道の駅は、最後にサクランボのソフトクリームを食べて、後にしました。
8_10
これもこの季節限定のサクランボの果肉入り、甘酸っぱくて美味しかったなぁ・・・。
さて、次が私の密かな目的の南部氏探訪です。
女房には「新しく出来た「道の駅なんぶ」に寄ってみよう」と言っておきました。
女房は歴史なんて興味ありませんからねぇ・・・。
9_10
「道の駅なんぶ」には午後1時過ぎに到着。
10_10
ここも地元の特産物を扱う道の駅なんですが、南部氏の資料館が併設されています。
11_10
資料館の前には南部氏の祖である南部三郎光行の像が建っています。
女房は特産品を見ていると言うので、私一人で入場。
無料でした。
12_9
中はパネルの展示がメインです。
眺めていると・・・あぁ、やっぱりそうだ。
13_9
甲斐南部を拠点としていた南部氏は、戦功によって源頼朝から奥州糠部の地を与えられたことから、光行の没後、その子孫たちが新しい領地を中心に勢力を拡大していった・・・と、書かれています。
そうして、甲斐南部では、馬の生産が盛んだったとのこと。
南部氏は馬産が得意だったのでしょうね。
14_8
八戸の櫛引八幡宮にあった「八幡馬」の伝説も理解できます。
そうそう、櫛引八幡宮の国宝館で見た「白糸縅褄取鎧」の写真も掲示されていましたよ。
15_8   
ここで女房が現れたので終了。
最後に、南部茶白玉パフェを食べて帰りました。
16_6
これは、そこそこ美味しかったです。
南部町はお茶の産地でもありますからね。
お茶を使ったスイーツも多いようです。

南部氏と武田氏は、祖先が同じ新羅三郎義光ですから、どちらも甲斐源氏で親戚すね。
でも、甲斐に残った南部氏は、武田信虎(信玄の父)に滅ぼされたそうです。
親戚の南部氏を滅ぼして甲斐を統一し、歴史に名を残す武田信玄を輩出した武田氏は、結局、織田信長や徳川家康に滅ぼされました。
奥州に移った南部氏からは、歴史に名を残すような英雄は出なかった訳ですが、それでも細々と明治維新まで続いています。
21_2
う~ん、歴史って面白いですね。
では!

2019年6月 5日 (水)

みちのくひとり旅?(二日目の前半)

みなさん、こんにちは!
八戸旅行の二日目です。

朝、8時半に彼がホテルに迎えに来てくれて彼の車で出発、先ずは「八戸城址」へ。
1_9
ここは、かつて八戸藩の城があったところ。
ここで、彼から青森県を二分する南部と津軽の確執について詳しく説明されました。
2_9
それによると、
・ 元々、青森県と岩手県は南部氏の領土であり、津軽は南部氏の家来筋だったが、戦国時代、津軽は、津軽地方を治めていた南部氏の一族を滅ぼして独立した。
・ 奪われた津軽地方は肥沃な土地であるが、八戸をはじめ南部に残された太平洋側の土地は、夏は「ヤマセ(偏西風で冷害をもたらす)」が吹く痩せた土地であったことから、以来、南部と津軽の間には諍いが絶えなかった。
・ 戊辰戦争では南部も津軽も奥羽越列藩同盟に属し、共に幕府側だったのに、津軽は真っ先に裏切って新政府側に付いた。
・ その後、南部も新政府に下るが、維新後の廃藩置県の結果、南部は弘前県として津軽に統合されてしまい、県庁が津軽側の青森に置かれてしまった。
等々・・・。
3_9
津軽側の青森市が県庁所在地であることから、八戸市民は南部の意地で、八戸市役所のことを「八戸市庁」と呼んでいるのだそうです。
南部と津軽は同じ青森県であっても、風習も方言もまるで違うのだそうです。
そうだったの・・・なるほど・・・深いですねぇ・・・。
ちなみに、南部氏の本家は青森から岩手に移り、分家が八戸藩2万石として明治維新まで続いています。
4_9
城址には、初代八戸藩主である南部直房の像がありました。
さて、次に訪れたのは、南部一宮「櫛引八幡宮」です。
ここは今回の旅行で私が一番訪れたかったところ。
5_9
鎌倉時代、南部氏初代の南部光行という武将が、平泉征伐(奥州合戦)の戦功で、源頼朝からこの地を拝領して入部し、この八幡神社を建立したのだそうです。
先ずは本殿に参詣。
6_9
彼が「この神社は右回りに回ると御利益があるんだ」と言うので、そのとおりにやってみました。
7_9
本殿の四隅には、この地方の民芸品である「八幡馬(やわたうま)」が置かれています。
8_9
江戸期、南部藩は藩の財政を賄うために、この櫛引八幡宮で名産である馬市を開いていたそうです。
売られて行く馬の安泰を願い、その馬の身代わりとしてこの八幡馬を作ったのが始まりとのこと。
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旧暦8月15日の秋の例大祭では、この八幡馬がお土産として売られるのだそうです。
土産屋にも並んでいたので買って帰ろうかとも思いましたが・・・置く場所も無いしね。
参詣の後は、境内にある「明治記念館」へ。
10_9
この建物は、明治14年に完成した八戸小学校の講堂をこの地へ移築したものだそうです。
残念ながら内部は公開されていなかったので、見る事が出来たのは外見のみでした。
完成直後、明治大帝の東北巡幸があり、この講堂が宿舎になったとのこと。
傍に記念碑と明治大帝の銅像が建っていましたよ。
11_9
ここまで見て、さぁ、次がこの神社に立ち寄った最大の目的、「国宝館」の見学です。
12_8
ここには、歴史の教科書に出て来るような大鎧が所蔵されているのですよ。
それをこの目で見ることが出来る・・・もうワクワクです。
撮影は禁止でしたので、クリアファイルを購入。
先ずは国宝「赤糸威鎧(あかいとおどしよろい)」です。
13_8
あぁ、美しい!素晴らしい!
この鎧は南北朝時代の南朝の天皇である長慶天皇の鎧と伝わっています。
南北朝の戦乱の中、南朝方だった南部氏を頼ってこの地に来た際に奉納されたものだそうです。
近年、米国の大富豪が50億円で売って欲しいと申し出たそうですが、断ったとの伝説も残っています。
まぁ、その位の価値はありそうですね。
次は国宝「白糸威褄取鎧(しろいとおどしつまとりよろい)」です。
14_7
この鎧は南北朝時代の南朝の天皇である後村上天皇から根城南部家(分家筋です)の南部信光が拝領したものだそうです。
この鎧は白を基調としていて、カラフルな装飾があり、実に美しいですね。
私は、この2領の鎧をじっくり見たかったわけで、ここでけっこう時間を食ってしまいました。
彼はこんな私を呆れて見ていましたよ。
「おおぃ、もう行こう」って促されて乗車、次に向ったのは八戸から車で約1時間半、未だ冠雪が残る八甲田山でした。
15_7
続きは近いうちに。
では!

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