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2019年11月

2019年11月30日 (土)

長野-上越旅行(2日目、柿崎景家の史跡を訪ねて)

みなさん、こんばんは!
長野-上越旅行記も、ようやく上越入りです。
飯綱町を出て、一路上越方面へ向け、愛車を走らせました。
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天気は上越に近づく程に、ますます怪しくなってきます。
上信越自動車道の妙高高原付近にさしかかると、ワイパーを全開にしなければならない程の雨になってしまいました。
あぁ・・・。
その雨の中、上越ジャンクションを北陸自動車道へ。
目的地は柿崎。
先ずは柿崎インターチェンジのループ内にある、「柿崎城址」です。
到着したのは意外と時間が掛かって1時半頃。
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柿崎城址の看板はインターチェンジを下りる時に見えたのですが、その行き方が分からない。
右往左往してようやく柿崎川に面した畑の傍に、木の板に手書きした様な粗末な標識を発見。
女房を車中に残し、1人雨の中、マウンテンパーカーのフードを被ってあぜ道を歩きました。
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途中、道に迷ってしまい、ビニールハウスで作業をしていた親切な方に詳細なルートを教えていただいて、何とか解決。
その方も呆れていましたね。
「そんな所へ行っても何も無いよ。小さな展望台が一つあるだけだよ。」
「はい、それでも柿崎景家に憧れて、ここまで来たものですから。」
「どこから来たの?」
「静岡です。」
「ハァ・・・・・」
こんなやりとりでした。
みなさんは、柿崎景家ってご存じでしょうか?
越後の国人で、上杉軍の先手を務める大将、上杉軍が常に無敵であったのはこの柿崎景家の奮戦にあると言っても過言ではない・・・と、私は思っています。
さて、教えていただいたルートは、これまた草ボウボウの道とは呼べない様な道で殆ど整備はされていません。
そんな道を探りながら歩き・・・ようやく小高い丘に登る道を発見。
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現在、ここは城崎山と言うのだそうな。
雨で滑りそうになりながらも登頂すると・・・標高25mの頂上には小さな展望台?が一つ置かれていました。
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これだけ・・・遺構も何も当時を偲ばせる物は残っておらず、ちょっと残念。
元々ここは城と言うよりも、柿崎景家の居館跡であったと伝わっており、戦の際に立て籠もる城は、東へ7km程離れた山に築かれた猿毛城であったようです。
急いで愛車に戻り、出発。
次の目的地は、同じ柿崎にある「楞厳寺(りょうごんじ)」です。
柿崎城趾からは、車で20分程、一向に止まない雨の中をナビを頼りに向かいました。
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何とか迷うこと無く到着。
入口には柿崎家の家紋である九曜紋が付いた看板が掲げられていました。
そうして、柿崎景家の活躍を紹介する看板も・・・。
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早速、駐車場に愛車を駐めて柿崎景家のお墓参りです。
女房は、「雨の中、傘を差して興味の無い戦国武将のお墓参りなんて嫌だ。」と言うので愛車に残し、私1人で寺内へ入りました。
正面の山門は、柿崎城の搦手門を移築したものと伝わります。
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先ずは、本堂へ参詣。
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さぁ、墓地へと向かいます。
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墓地の入口には、柿崎景家の墓の位置を示した簡単な案内図があったので、それを思い出しながら歩きました。
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寺に着いて以来、全く人影を見ていないので、周りには私しかいません。
まだ3時前というのに、辺りは薄暗く、場所が場所だけに幽霊でも出てきそうな雰囲気です。
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墓地の間を抜けながら、しばらく歩くと・・・あぁ、ありました。
柿崎景家の墓です。
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小さな祠の中に古い石塔がありました。
あぁ、来られて良かった。
合掌。
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これで満足、女房が待つ駐車場へと戻りました。
寺を後にして、再び北陸自動車道に乗り、上越インターチェンジまで。
降りて向かう先は、もちろん春日山城趾です。
市街地を10分程走ると、正面に春日山城趾が見えてきました。
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はぁ、ようやく到着です。
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この時、時刻は既に4時前、あまりゆっくり出来ません。
雨も降っていることだし、本丸への登頂は断念しました。
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とりあえず、春日山城趾に立ち、謙信公の像を見て満足です。
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謙信公、また、来年来ます!
これまで4年連続4回訪れて、2回は雨でしたよ。
正に、これが雨男の実力ですね。
本丸には登頂出来ませんでしたが、記念の土産はしっかり購入。
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謙信公の軍旗、「懸り乱れ龍」ですよ。
謙信公が総攻撃を命ずる旗、上杉家では突貫の旗と呼ばれています。
この旗が振られると、全軍決死の覚悟で敵に突入しなければならない決死旗なんです。
うん、これで満足。
春日山城趾を後にして、妙高高原へと向かいました。
5時頃、ホテル着。
既に雨は止んでおり、所々に青空が覗いていました。
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早速チェックインして部屋へ。
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楽しみにしていた温泉へ入り、ほっと一息。
露天風呂から見上げた夜空には、満天の星が輝いていました。
温泉を上がって、これも楽しみにしていた夕食です。
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けっこう豪華な夕食に舌鼓を打ち、明日はきっと好い天気だと思いながらベッドに入りました。
大雨の中の史跡探訪でしたが、実に充実した1日でしたよ。
3日目は近いうちに。
春日山城趾で購入した「懸り乱れ龍」の軍旗は、横浜の出城(宿舎です)の居間に飾りました。
昨年購入した「毘」の軍旗に並べてね。
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う~ん、素敵!!!まるで謙信公になった様な気分です。
では!

2019年11月25日 (月)

長野-上越旅行(2日目、先ずは信州リンゴを購入)

みなさん、こんばんは!
前回の続き、2日目です。
2日目の朝、ホテルの窓から外を見ると、曇り空の様。
雨は夜中に降ったようです。
朝食を食べ、8時半頃にホテルを出発。
紅葉の県道37号線を上越方面へと向かいました。
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道中、天気は徐々に回復して所々に青空が見えてきました。
さて、途中、飯綱町の「横手直売所」に寄り道です。
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目的は信州リンゴを買うため。
これも今年で4回目、恒例の行事になっています。

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畑によっては台風19号の被害を受けたことから、リンゴの収穫量は例年よりも少ないとのことですが、出来はまずまずだそう。
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うん、美味そうだ!
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我が家で食べる分はもちろん、お土産用や親戚に贈って・・・今年も沢山買いましたよ。
これで少しは台風の復興に貢献できたかな?

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さて、買い物も終わったので、これも恒例のそば屋さんに行こうと思ったのですが、この時は、まだ10時を回ったばかりで、そば屋さんの開店時間にはまだ1時間くらいあったことから、直売所の方に、近くに紅葉の綺麗な場所はないかと訊ねたところ、「霊仙寺湖」を勧められました。
なんでも、直売所からは車で10分くらいとのこと。
では、行ってみよう!と、ナビに入力、愛車を走らせて到着。

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この湖は、昭和47年に完成した農業用の人工湖だそうな。
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周辺にテニスコートやスキー場等のレジャー施設が整備された湖でしたが、紅葉はなかなか見事。
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女房と紅葉を愛でながら、11時頃まで湖畔を散策しました。
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さて、良い時刻になったので、再び「横手直売所」まで戻り、直売所の傍にあるそば屋さん「よこ亭」に入りました。
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ここで、地元飯綱町で採れたそば粉を使った信州そばに舌鼓です。
リンゴの天ぷらが付いた天ぷらそばをオーダー。
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うん、美味い!
これも、また来年までのお楽しみ。
さて、上越へ・・・と、上越方面を見ると・・・あれ?雲が厚いなぁ・・・一部はどう見ても雨雲だ・・・。

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長野は晴れているのに、上越は雨なのかなぁ・・・。
一抹の不安を抱きながら、愛車は上越へ向けひた走り・・・。

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続きは近いうちに。
では!

2019年11月23日 (土)

長野-上越旅行(初日、真田氏の史跡探訪)

みなさん、こんばんは!
では、前回の続きです。
坂城を後にして、愛車を上田方面へ走らせます。
真田の里を訪ねるのに、愛車は上田市街を通過して山間部へ・・・
辿り着いた先は・・・はい、「真田本城址」です。
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上田市の真田町というところ。
この地こそが信濃の国人真田氏発祥の地なのです。
真田本城・・・正式な名称は「松尾城」で、標高1,033mの松尾山中腹に築かれた山城です。
現在でも、堀切の跡と思われる遺構が残っており、ここが堅固な山城であったことを思わせます。
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標高895mの本丸址に立てば、
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眼下に真田の里を見渡すことが出来ます。
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この城は、真田幸綱(真田信繁の祖父)が、一度は武田信虎(信玄の父)、村上義清の連合軍に敗れて追われ、その後、信玄に仕えることでようやく回復したもの。
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有名な真田昌幸(真田信繁の父)や、その兄である真田信綱、昌輝を育んだ地なのです。

真田物が好きになった人って、最初は真田幸村に憧れ、後に幸村は本名では無く信繁である事を知り、その父昌幸や兄信之に興味をもち、色んな書籍を読み進むうちに祖父幸綱の存在を知り、最後は信綱、昌輝に行き着く・・・のだと思います。(もちろん、諸説有り)
行き着いた真田信綱ファンの私としては、一度訪れてみたかった場所なんですよ。
真田氏の原点に触れることが出来た様な気になって、うん、満足!

この後、向かった場所は、松尾山の麓にある「真田歴史館」です。
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真田一族の歴史、古文書や武具等が展示してあるということで入った訳ですが・・・
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展示してある具足や忍者道具は、昭和60年のNHKドラマ「真田太平記」で使用された小道具ばかりでした。
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まぁ、それはそれで、あぁ、これが丹波哲郎さんが着用した具足かぁ・・・こっちは渡瀬恒彦さんの具足ねぇ・・・で、これが草刈正雄さん・・・ほぅ、遥くららさんが使った忍者道具ねぇ・・・。
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(内部は撮影禁止でした。)
なんて、当時、毎回食い入るように見ていたドラマを思い出しながら見学しましたので、それなりに楽しめましたがね。
歴史館を見学した後は、すぐ傍にある「御屋敷公園」の真田氏居館跡を見学して・・・。
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さて、ホテルへ行く前にどうしても行かねばならない場所が一カ所。
女房をせかして出発。
途中、遅い昼食を食べて・・・
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それは歴史館から北へ車で10分程の場所。
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ここです。
真田信綱、昌輝の墓所がある「信綱寺(しんこうじ)」ですよ。
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真田信綱、昌輝の兄弟は、あの真田昌幸の兄、真田信之、信繁の叔父にあたります。
武田二十四將に数えられる豪勇の将、武勇の人なんです。
信綱は38歳で家督を継いで真田家を相続しました。
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そのわずか1年後、長篠の戦いに参戦して昌輝と共に羽柴秀吉の陣に突入(諸説あり)、青江の太刀を振りかざし馬防柵を薙ぎ倒して奮戦しましたが、昌輝と共に討ち死にを遂げてしまうのです。
その首は家臣が陣羽織に包んで真田の里まで持ち帰り、この寺に葬られたと伝わります。
討ち死にした地である長篠の古戦場は、平成30年3月に訪れて、その胴塚と思われる墓をお参りしました。
(記事:http://fujikaze.cocolog-nifty.com/blog/2018/03/post-3acb.html)
ですから、今回は首塚です。
先ずは、本堂に参詣。
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墓は本堂裏手の山にあるとのこと。
本堂に向かって右側の山道を登って行くと・・・見つけました。
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向かって中央が信綱、左がその婦人、右が昌輝とのこと。
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そうか・・・ここにね・・・感慨深いなぁ・・・合掌。
これでこの日の目的は達成。
ホテルへと向かいました。
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この日のホテルは長野市内駅前の定宿です。
4時頃に到着、チェックインして・・・
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早速温泉へGO!。
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このホテル気に入ってます。
露天風呂付きの温泉はあるし、夜泣きソバは無料だし、朝食は美味しいし・・・。
夜は街へ繰り出して・・・
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昨年入って気に入った馬肉料理のお店へ。
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長野と言えば馬肉。
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女房と二人、美味しい馬肉料理とお酒に舌鼓を打ちましたよ。
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あぁ、美味かったなぁ・・・。
また来年のお楽しみです。
これで初日はお終い、2日目は近いうちに。
では!

2019年11月19日 (火)

長野-上越旅行(初日、村上義清の史跡探訪)

みなさん、こんばんは!
2泊3日の長野-上越旅行から帰ってきました。
結果、2日目の後半に大雨に降られましたが、他は晴天に恵まれて実に充実した楽しい旅になりました。
では、数回に分けてご紹介します。

さぁ、今年も上杉謙信公に会いに行こう!
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初日、朝5時起床、6時に女房を愛車に乗せ清水の自宅発。
新東名-中部横断自動車道-中央自動車道-上信越自動車道と乗り継ぎ、坂城ICまで。
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先ず向かったのは、北信濃の猛将、村上義清の居館跡です。
ナビに導かれて10時過ぎに到着。
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簡単に村上義清について説明しますと、
諏訪を侵略し、北信濃まで兵を進めた武田信玄を2度も破った猛将です。
しかし、真田幸隆(真田信繁の祖父)等による北信濃国人衆に対する離反工作の結果、味方が次々と武田方に寝返ってしまい、ついに支えきれなくなって、居城の葛尾城を捨て越後の上杉謙信公を頼って落ち延びます。
このことが後の川中島の戦いの火種となるのです。
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そんな村上義清ゆかりの地を訪れてみたい・・・。
ようやく今年実現しました。
現在、その居館跡は満泉寺というお寺になっていて何処にも当時を偲ぶ物はありませんが、その屋根瓦には村上氏の紋である「丸に上文字」が付いていました。
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それを見るだけでも、何とも感慨深いものがありますね。
お寺の背後の山の山頂が居城(詰め城)であった葛尾城址です。
今回は女房を連れているので無理、でも、いつかは登ってみたいなぁ・・・。

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この後は、居館跡近くにある「坂木宿ふるさと歴史館」へ。
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ここは北国街道の宿場町である旧坂木宿本陣跡に建つ昭和4年築の木造三階建日本家屋を歴史館としたものです。
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村上義清について、信濃村上氏の発祥からの歴史が展示されていました。
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中でも、川中島合戦図屏風(紀州本)の複製が展示してあり、村上義清が武田の副将である武田信繁(武田信玄の弟)に討ち掛かる様子が描かれていました。
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信州先方衆総帥として勇躍川中島の戦いに臨んだ村上義清・・・第4次川中島の戦いで、村上義清は武田信繁を討ち取ったと伝わります。
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村上義清としては、武田信繁を討ち取ることにより、武田信玄にせめてもの一矢を報いたってところでしょうか。
なかなか興味深い展示内容でした。
歴史館を出て次に向かったのは、「鉄の展示館」です。
歴史館から歩いて5分位の場所にあります。
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何でも坂城町は刀匠の町で、この町の出身である宮入行平という刀匠を紀念しているのだそうな。
ちょうど「平成の名刀・名工展」が開催されていて、平成を代表する名工の作品がズラリと展示されていました。
(内部は撮影禁止だったので、写真はHPからの転載です。)
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日本刀って、本当に美しいですねぇ・・・。
鑑賞しているうちに、一振り欲しいなぁって思ってしまいましたが、何百万円もするそうな。
ムリ、無理、絶対に無理・・・。
展示館を出て、最後に向かったのは、村上義清の墓所です。
展示館から車で3分位の所にありました。
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上屋で囲われた石塔が一基。
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これは墓というよりも、江戸時代に村上義清を偲んで建てられた供養塔とのこと。
実際の墓は、上越市にあるそうです。
二日目に訪れる予定だったのですが、天候悪化で断念。
来年のお楽しみとしてとって置くことにしました。
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それで、記念に買ったお土産がこれ、「山鳥毛 刀絵図」のクリアケースです。
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「鉄の展示館」の売店で購入。
山鳥毛刀?はい、上杉謙信公所有の太刀として有名ですね。
実物を見てみたいものです。
これで村上義清の史跡巡りは終了。
次に向かったのは、「真田の里」です。
続きは近いうちに。
では!

2019年11月11日 (月)

ちょっと旅行へ行って来ます

みなさん、こんばんは!
明後日から、長野-上越旅行です。
しばらく、みなさんの所へはお邪魔できません。
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悪しからず。
では!

2019年11月 3日 (日)

台風一過の大瀬崎(2本目)

みなさん、こんにちは!
前回の続きです。

休憩して、さて2本目です。
朝から見えていなかった富士山の山頂が雲の上から少しだけ覗いていました。
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ガイドさんと相談した結果、2本目も同じポイントで潜ることに。
しかし、今度は潜行後に南側へ行くことになりました。
11時31分、潜行開始。
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透明度は相変わらず上下水平8mくらい。
油断するとガイドさんを見失ってしまいそうです。
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水深20mくらいに到着、南へ進路を変え棚沿いに進んで行きます。
すぐ近くをシラコダイの群れが追い越して行きました。
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これは・・・近くにマンボウでも居るのかな・・・と、期待しましたが、残念ながらマンボウは現れず。
クマノミの岩を通過・・・。
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少し進むと丸い大きな岩が、砂地にデンと転がっていました。
ガイドさんがライトを当てて何かを探しています。
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すると・・・何かを見つけたのか、ガイドさんが手招き・・・近寄ると、
あぁ、側面に空いた小さな穴にコケギンポが棲んでいました。
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可愛いですねぇ・・・。
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けっこう時間を掛けて沢山撮りましたよ。
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数十枚撮って満足、ふと、右手側を見ると・・・6mくらい離れた所で、ガイドさんが次の被写体を探していました。
ガイドさんに合流して私も被写体になりそうな魚を探します。
なかなか居ないので諦めて浅場へ移動、水深8m位にあるゴロタ石の上に生えた赤いヤギをガイドさんが指さしました。
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注意して見てみると・・・居ました。
ニシキフウライウオです。
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綺麗な赤白の個体です。
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フワリ、フワリ・・・鰭を広げるとまるで飛行機が飛んでいる様。
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この魚が現れると、西伊豆の海の中は秋だなぁって思いますよ。
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これも十数枚撮って満足、移動しようとすると、ガイドさんがヤギの中を指さしてます。
うん?これは・・・
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イソバナカクレエビです。
どれだか判りますか?
ヤギの上に乗っている、胴体が真っ赤で、頭から尻尾にかけて透明の個体ですよ。
これはちょっと撮って移動、ガイドさんはもう5m位離れた黄色いムチカラマツを見ていました。
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私も近寄ってみると・・・あぁ、ガラスハゼだ。
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このムチカラマツには数個体が棲み着いているようで、ちょこまかと動き回っています。
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カメラが嫌いなようで、近づくとサッとムチカラマツの裏側へ回ってしまいます。
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ピントが合ったと思い、シャッターを押すとムチカラマツしか写ってないなんてことがしばしばでした。
数枚撮れていることを確認して終了。
これで水深5mまで移動して安全停止。
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12時17分、浮上しました。
46分間のダイビングでしたが、けっこう写真も撮れ、満足の2本目でした。
次は、大瀬崎ブルーの時に行けるといいな。
さて、来週は恒例?の長野-上越旅行です。
ヨシ!頑張って今週を乗り切ろうっと。
では!

 

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