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2020年4月

2020年4月27日 (月)

蔵出しスペシャル? 2

みなさん、こんばんは!
さて、ゴールデンウィークに突入ですね。
関係無いか・・・。

今日も蔵出しネタで更新です。
今回はこれまで沢山撮ってきた横浜の風景です。
私のみなとヨコハマの想いと共に・・・。

ヨコハマに憧れていたのは小学生の時から・・・
私にとってヨコハマは子供の頃からなじみ深い場所。
姉(正確には叔母ですが)が嫁いでいたので、夏休みには一人でよく遊びに行ってました。
お年玉で買った片道だけの切符を握りしめてね。
♪~街の灯りが とてもきれいね ヨコハマ~
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    ブルーライト・ヨコハマ~♫
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って、口ずさみながら、一人で馬車道や山下公園通りを散策したものです。
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将来、就職するならば絶対にヨコハマ!
幼心に、横浜で就職して、横浜の女性と結婚して、横浜に家を建てる!
って、決めてましたよ。
当時の私は北九州を出たくて出たくて仕方なかったからね。
まぁ、希望どおり横浜に就職できました。
船に乗る仕事でしたがね。
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初めて乗った船は、横浜港を基地として、東日本、北日本を巡るような船でした。
横浜の生活を満喫していた若かりし頃の私でしたが、元々、北九州の田舎者。
都会の生活には疲れていたのでしょうね。
ある時、静岡の清水支社へ転勤を命ぜられ、失意のうちに赴任してみると・・・美しい富士山や駿河湾があって、これが何とも好いところ。
すぐに好きになり・・・現在に至ります。
あぁ、今でもヨコハマは好きですよ。
私の青春がちりばめられた街です。
私の青春の頃のヨコハマ・・・まだベイブリッジは無かったなぁ・・・。
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ベイブリッジは、来て2~3年後に建造が始まりました。
当時、長い航海を終えてヨコハマに帰港する時はね。
港口へ差し掛かると船長から「大黒赤、ヨ~ソロ~」って操舵号令が掛かり、舵を握っていた私は大黒埠頭の赤灯台に船を定針させて「ヨ~ソロ~!」って、大声で復唱したものです。
(下の写真の赤い灯台ですよ)
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今、ヨコハマの街並みを見ると・・・ずいぶん変わったなぁ・・・って、思います。
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当時、ヨコハマではマリンタワーが一番高い建築物だったのになぁってね。
はぁ~時は容赦なく流れて行きますね。
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今のヨコハマを否定するつもりなんて毛頭ないけれど、何か違うなぁって思っています。
綺麗になりすぎた・・・って感じかなぁ・・・。
もう波止場ってイメージじゃあないものね。

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私が大好きだったヨコハマって、もう40年も昔だものねぇ・・・。
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さて、今宵は酒でも飲みながらサンダーバードでも視るか。
では!

2020年4月24日 (金)

蔵出しスペシャル?

みなさん、こんばんは!
コロナコロナで毎日嫌になりますね。
外出の自粛、営業の自粛、通勤の自粛・・・毎朝、あれほど混んでいた通勤電車がガラガラです。
電車が空いているのは有り難いけれど・・・日本の経済は瀕死の状態。
経済大国日本、天然資源に乏しい日本・・・本当にこれで良いのかなぁ・・・。

さて、ネタがありません。
静岡の自宅へもそうそう帰れなくなったので、掘り出しネタも探せません。
で、「蔵出しネタ」で更新です。
早い話が、これまでに公開した画像ですよ。
お宝映像?って程ではありませんがね。

取りあえず、初回は富士山から。
【富士川】
富士川の河口で撮った富士山です。
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自宅から車で20分くらいの距離にあって、富士山が綺麗な日には写真を撮りに行きたくなる場所です。

【田子の浦】
田子の浦に うち出でてみれば 白妙の 
         富士のたかねに 雪は降りつつ
百人一首の有名な歌ですね。
そんなイメージを思い浮かべながら撮影。
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富士市田子の浦港にそそぐ沼川の岸辺。
ちょっと市街地から離れた場所。
桃の花とのツーショットがなかなか良いでしょう?
これは田子の浦港の沖。
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う~ん、白妙の海岸じゃあないかなぁ・・・。
もっとも、この百人一首の時代の「田子の浦」って、富士川よりも西側にある由比、蒲原付近だったそうですがね。
【大札山】
ずいぶん前にハッピーのパパさんと登った山。
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山梨の富士山も美しい。
また登りたいものですが、いつになることやら・・・。
【田貫湖】
静岡県にある唯一?の富士山が映る大きな湖です。
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よく、逆さ富士を撮りに行きました。
【山原】
山原(やんばら)って読みます。
清水の有名な夜景スポットなので、アベックの車が多くて夜でも混んでます。
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その夜景スポットを外れて少し走れば、人気の無い山腹に到着。
眼下には新東名が一望なんですよ。
【日本平】
言わずと知れた清水の富士山眺望場所。
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清水市街と駿河湾越しに眺める富士山は最高です。
【茶畑の山】
近年、撮影者が増えて地元は迷惑。
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立ち入り禁止になると困るので、あえて場所は明かしませんが、静岡のTVではローカルCMで流れている茶畑の山。
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冬は、この場所で毎年雲上富士を狙いますが、ここ3年は失敗続き。
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来冬こそ最高の雲上富士に巡り会いたいものです。

って、次の更新も蔵出しネタになるのかな。
困ったもんだ。
では!

2020年4月12日 (日)

ネタ無し(日々、徒然・・・)・46

みなさん、こんにちは!
はぁ~~~、テレワークと連休が続くと身体が鈍ります。
部屋から一歩も出ない生活なんてマッピラゴメン。
囚人じゃあないんだから。

さて、ネタが有りません。
こんな時の「日々、徒然」です。

【だいの大人ですが・・・】
この3日間の夜は酒を飲みながら、このDVDを見て興奮し、模型を取り出して遊んでました・・・。
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フッ・・・笑っても構いませんよ。
サンダーバードは、幼少期の私の精神構造を構成した大事なTVドラマの一つですから。
大人になったら国際救助隊に入るって、本気で思ってましたよ。
(もちろん、幼稚園くらいまでですよ)
今見直しても新鮮、当時のイギリスの特撮技術の高さが分かります。
DVDには特典映像として、制作したプロデューサーのインタビューが入ってますが、大人が楽しめるように意識して制作したと言ってました。
国際救助隊の活躍を見ながら、私も初心に返って頑張ろうなんて思った次第です。

【雲など・・・】
いよいよネタが無いと思ってください。
これまでに撮り貯めたお気に入りの雲の写真です。
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雲は飽きませんねぇ・・・。
思わず神々しい様な景色に出会うと、我を忘れて魅入ってしまいます。
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自然って偉大ですね。
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 【始まりました】
3月29日から、羽田空港新飛行ルートの運用がついに始まりました。
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好天時で南風の15:00~19:00の間、羽田に降りる飛行機は都心上空を通過します。
皇居や東京タワーを左下に見て降りて行く時、大都会東京のビル群は本当に綺麗ですよ。
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だから、羽田行きの飛行機に乗ることがあれば、左側の窓席が正解。
今は、着陸時に風景をデジタルカメラで撮影する(スマホは「機内モード」にする必要ありです)くらいであれば、緩和されていますから、東京の夕景を撮り放題です。
運良く羽田行きの飛行機で左窓側の席が取れたら、後は東京が天気の好い南風であることを祈りましょう。
では!

2020年4月 7日 (火)

桜の駿府(城)公園を散策

みなさん、こんばんは!
まぁ、毎年そうなのですが、年度初めって不思議と忙しいです。
タダでさえ忙しいところに、コロナだ何だかんだ・・・。
各地で桜が満開なんだそうですが、これを愛でる暇もありません。
と、忙しく毎日を過ごしていたところ、ハッピーのパパさんから、駿府公園(何年か前に「駿府城公園」に改名)の桜が満開であることを聞き、見に行きたいなぁって思っていたところ、4日の10時に女房が退院(この時、女房は定期治療で、駿府公園の傍の病院に3日間の入院中でした)するので、1時間早く迎えに行って公園内を散策することにしました。
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(これは「坤櫓」、奥のビルが、女房が入院している病院ですよ。)
9時に病院着、駐車場に愛車を入れ、久しぶりに駿府公園の中を歩きました。
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(これは「巽櫓」です。)
この城址は元々、駿河、遠江守護職であった今川義元の城舘であったところを、今川義元の死後、今川氏を逐い、武田氏との争いに勝利した徳川家康が駿府城として拡張整備したものです。
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(これは「東御門」、内部は資料館になっています。)
関ヶ原の後は、自分の隠居城とするために、大名達に普請を申しつけ、より一層巨大な城に作り替えています。
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(奥に見えるビルは静岡県警察本部、静岡市で一番高い建物です。)
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(この道を家康が散歩したのだそうな。)
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(その散歩道にある「弥次喜多の銅像」、作者の十返舎一九が静岡市の人なのだそうです。)
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(これは「わさび漬け発祥の地の碑」、巨大な芋虫ではありませんよ。)
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(これは「東後門」の内側、忠実に復元したのだそうな。)
あぁ、なるほど・・・桜は満開です。
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公園内には、桜が約500本植えられているのだそうな。
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う~ん・・・綺麗だなぁ・・・。
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20分くらい桜を愛でて・・・これで満足、実は桜よりももっと興味がある場所へと移動しました。
それがここ、「駿府城跡天守台発掘調査現場」なんです。
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駿府城の天守は3度建てられています。
最初は、天正期に建てられた「天正期天守」と言われるもの。
豊臣秀吉が徳川家康を関東へ移封した後、秀吉子飼いの大名である中村一氏を城主とさせ、この一氏が建てたものが「天正期天守」です。
下の写真がその天守台(天守の土台)の石垣です。
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なるほど、「野面積(のづらづみ)」という自然石を積み上げて、その間に小石を入れて補強する工法で作られていますね。
以前に見た安土城址と同じです。
そうして、家康が建てさせた「慶長期天守」の天守台がこれ。
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「打込接(うちこみはぎ)」という工法で作られています。
石を打ち欠くなどして加工し、石同士の隙間を減らしている訳です。
「野面積」が進化しているんですね。
どちらも見応えがあります。
早く完全発掘されると良いなぁ。
因みに「慶長期天守」は「天正期天守」を破壊して、より大きく建てられたようです。
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なんでも、「慶長期天守」は、日本一大きな天守だったとか。
しかし、「慶長期天守」は2度も焼失しているんですよ。
江戸城の天守も燃えたって事だし・・・徳川の天下にするために悪どいことばかりやった天罰かなぁ・・・。
あぁ、「天正期天守」の跡からは、金箔瓦なんていう物が出土しています。
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いかにも豊臣政権時代の瓦って感じですね。
興味深くて、つい時間を忘れてしまい、ふと時計を見ると、何と10時5分前。
慌てて病院へ走りました。

【追記】
最近、静岡では今川義元復権運動?が始まっているんですよ。
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元々、駿府の主は今川氏ですからね。
今川義元死後、その子氏真を追い出して駿府の主となった徳川家康なんて、静岡の人にとっては侵略者だと思うのですが、不思議と静岡の人は「家康公」と言って、まるで静岡出身の武将であるかのごとく語るのが不思議です。
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徳川家康って、三河(愛知県)の人なんですがねぇ・・・。
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そのうち、静岡駅前にも今川義元の銅像が立つのだとか。
何だかちょっと楽しみです。
  敷島の 大和心を 人問はば
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             朝日に匂ふ 山桜花
あぁ、これはソメイヨシノか・・・。
では!

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