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2023年7月

2023年7月30日 (日)

近況です(韮山城址等)

みなさん、こんにちは!
今日の私は、7日間の連続勤務が終わり、ようやく自宅で一息ついているところです。
若い頃はひと月休みが無くても平気でしたが、還暦を超えると7日間連続でも辛いですね。
もう仕事なんか辞めてのんびりしたい!
まったく、国が年金をちゃんと払うと言うから、頑張ってきたのに・・・酷い話ですよ。
65歳まで貰えないなんて思いもしなかったなぁ。

さて、翌日も午前中は、一人温泉を抜けだして史跡巡りへ行きました。

【韮山城址】
このお城も行ってみたかった憧れのお城です。
私が語るまでもなく、このお城は早雲庵宗瑞(後の世に北条早雲と呼ばれる人)が、伊豆を切り取るための拠点として韮山の丘陵に築いた山城です。
因みに、亡くなったのもこのお城なんです。
温泉のホテルからは、車で20分位の場所にありました。
江戸時代の代官屋敷の駐車場に愛車を止めて登城口まで歩きます。
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おそらく、この代官屋敷のある辺りが、早雲の頃に御殿があった場所なんだろうなぁ・・・なんて思いながら、10分程道に迷ってなんとか登城口に到着。
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登城口は、住宅地を抜けた大きな溜池の淵にありました。
入口には「北条早雲公 終生の居城」と書かれた赤い旗が立っています。
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旗の横の縄張り図を確認して登城開始です。
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歩き始めると・・・前日行った山中城址に比べて、殆ど整備されていません。
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道は本丸まで一直線で、他の曲輪を見ることはほぼ不可能なようでした。
大規模な山城なのに、ちょっと残念です。
あちらこちらに藪が残っていて、スズメバチに追いかけられながら本丸を目指しました。
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登城開始約20分で本丸跡に到着。
ここだけは綺麗に雑草も刈ってあり、広場のようになっていました。
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眼下には、韮山の町が眼下に広がります。
豊臣秀吉の小田原征伐の時、秀吉は4万4千の大軍でこの城を囲みました。
対する城主である北条氏康の四男、北条氏規(ほうじょう うじのり)はこれを僅か3千6百の兵で迎え撃ち、最後は徳川家康と黒田孝高の説得を受け入れて開城するまで、実に3ヶ月間も耐え抜いたと伝わります。
う~ん、名城ですね。
県は、もっと綺麗に整備復元すれば良いのにって思いました。


【韮山反射炉】
これは、言わずと知れた?世界遺産ですね。
韮山城址から南へ車で5分程の所にあります。
イマイチ興味は無いのですが、せっかく韮山城址の近くにあるのでこれも見学。
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ガイダンスセンタ-の駐車場に愛車を停め、センタ-内へ。
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入場料500円を支払って見学しました。
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これは、江戸幕府が造った、大砲や鉄砲を鋳造するための施設です。
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1857年(安政4年)の完成とのこと。
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連双2基4炉を備える反射炉だそうです。
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なるほど、煙突は4基ありますね。
鋳鉄製と青銅製の大砲を製造しており、一番大きな鋳鉄製の大砲は、18ポンドカノン砲であったそうです。


【蛭ヶ島公園】
ここも韮山反射炉から近い。
車で5分位のところにある公園です。
蛭ヶ小島?
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そう、平治の乱の後、源頼朝が流罪にされた地です。
公園の駐車場に愛車を停めて散策しました。
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公園内には、江戸時代の農家を移築した建物が建っていました。
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時代は違うけれど、頼朝もこんな家に住んでいたのかも知れませんね。
源氏の嫡男であった頼朝は、本来死罪とされる運命でしたが、14歳と若かったことから、平清盛公の温情で死罪を免れ、ここ伊豆の蛭ヶ小島へ流罪とされます。
島と名が付く場所であり、当時は狩野川の中州だったようです。
この地で20年間を過ごし、近くにあった北条氏の居館の娘である北条政子と結ばれ、北条氏を後ろ盾として挙兵。
その後の歴史は、誰でも知っているとおりですね。
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この公園には、頼朝・政子の像の他、政子が、伊豆山神社の御神木「梛(なぎ)の木」の葉を鏡の下に敷き、頼朝との愛を祈ったことに因む、「梛の葉の縁結びの碑」がありましたよ。
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これで終了。
ホテルへと戻り、私も温泉に浸かりました。
温泉の効能が女房の病気に効くと良いのですが・・・。
では!

2023年7月21日 (金)

近況です(山中城址)

みなさん、こんにちは!
女房を連れて温泉に湯治へ行ったわけですが、私は健康なので、お湯にばかり入っていると飽きてしまいます。

ある日、ついに私は午前中だけ抜けだし、愛車を駆って以前から行ってみたかった山中城址へと向かいました。
ホテルからは車で約30分ほど走った三島市山中新田という標高580mの高所にあります。
箱根峠の最上部付近にあたり、越えると小田原に至ります。
(後)北条氏の三代目である北条氏康が小田原城の西を守る重要拠点として築城した山城です。
戦後期時代の末期、天下統一を目前とした豊臣秀吉の最後の総仕上げである、所謂小田原征伐で、押し寄せる豊臣軍3万5千の大軍を相手に、僅か4千の城兵で立ち向かい、半日で全滅した城なんですよ。
小田原征伐の最大の激戦地、(後)北条氏ファンの私としては、一度訪れてみたかった名城なんです。
専用駐車場に愛車を入れ、東海道の箱根峠を少しばかり歩きます。
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杉並木の中を縫うように石畳が整備され、如何にもっていう雰囲気を醸し出す素敵な道でした。
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かつての旅人達は、こうやって険しい箱根峠を越えて行ったんだなぁ・・・。
ずっと歩いてみたい気分でしたが、途中、150mくらいで左側に山中城入り口が見えてきます。
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入口に掲げてあった縄張り図を見て、とりあえず本丸まで歩いてみることに。
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前夜に雨が降ったのですが、場内の道は完全に整備されており、泥濘みもなく、楽に歩くことができました。
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平日だったので、見学客は私以外は数人を見かけただけ。
ゆっくり見学することができましたよ。
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色々通ぶってウンチクを並べてみても、読んで頂いている方には退屈だと思うので、私がどうしても見てみたかった所だけをご案内。
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城の曲輪間に設置されたこの見事な「障子堀」。
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北条流築城術の粋を結集した城なんですね。
ここは所謂、Kill zoneなんです。
押し寄せた豊臣秀吉軍は、この土塁を上り下りさせることで移動を妨げられ、上から弓や鉄砲で狙い撃ちにされるのです。
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今でこそ土塁には草が生えていますが、当時は粘土質の赤土がむき出しで、堀に落ちた豊臣秀吉軍は滑って土塁を登って攻め込むことが困難だったのだそうです。
本城を堪能した後、箱根街道をを挟んだ対岸に急造された「岱崎出丸」も覗いてみました。
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この出丸は、押し寄せる豊臣秀吉軍の侵攻に備えて、急遽、増築された砦です。
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本城とあまり違いはありませんが、発掘された「畝堀」が見事でした。
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見て回っていると、瞬く間に時間は過ぎて、ふと気づいて時計を見ると、すでに時刻は11時を回っています。
女房に昼には戻ると言った手前、あまりゆっくりしてはいられません。
それで、最後に城址に隣接した「宗閑寺」を訪れることに。
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このお寺には、山中城攻城戦で戦死した豊臣方の武将である一柳直末と山中城の主将松田康長、副将間宮康俊兄弟の墓が並んで祭られています。
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墓に手を合わせ、あぁ、ようやく訪れることが出来たなぁ・・・感慨無量です。
う~ん、これぞ兵どもが夢の跡・・・ですねぇ。
続きは、近いうちに。
では!

2023年7月12日 (水)

近況です(伊豆葛城山)

みなさん、こんばんは!

上越から帰って以降、女房の具合が良くなく、入退院を繰り返しているところです。
楽しみにしていた6月末の石垣島旅行も、今年はキャンセルせざるを得ませんでした。
実際、石垣島どころか、ダイビングすらもう3ヶ月以上行けていないような状態なんです。
それでも、女房は介護申請がとおり、病状も若干回復の兆しが見え始めたので、ぼちぼちですが、ブログを再開しようと思っているところです。

5月の末、女房が最初の入院を終えて退院した後、伊豆長岡に良い温泉があると聞き、行ってきたお話から。

退院の2日後、女房を愛車に乗せて清水の自宅発。
伊豆長岡へ向かいました。
伊豆長岡って、大瀬崎へ行く途中の沼津内浦から内陸へ入ったところにあるんです。
自宅を少し早く出て、女房の気晴らしになるようにと思い、伊豆葛城山へ登ってみました。
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葛城山の存在は勿論知っていましたが、私も女房も登るのは初めてです。
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もっとも、登ると言ってもロープウェイで7分ちょっとで山頂へ到着するのですから、楽なものです。
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頂上は標高452m。
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小さな公園になっていて、最近リニューアルされたそうで、「碧テラス」という展望台が付いていました。
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ここからは、眼下に駿河湾が一望できましたよ。
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ゆっくりと眺めていたいところでしたが、この頂上にいる観光客は殆ど中国人でした。
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本来、静かなはずの山頂なのに、中国語が氾濫していて何を話しているのか気になり、まるで仕事をしている様な気分、せっかくの風景も台無しでした。
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結局、私達が頂上に居たのは15分間くらい。
さっさと降りて、ホテルへと向かいましたよ。
葛城山のロープウエイ乗り場からホテルまでは、車で5分くらいの距離です。
ここがそのホテル。
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女房のような病気を抱える人がけっこう来ています。
もちろん、健常者も多いですよ。
部屋はこんな感じです。
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まぁ、普通の温泉旅館って感じですね。
でも、訪れる人の目的はここの温泉設備なんです。
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効果があれば良いのですがねぇ・・・。
まぁ、鰯の頭も信心からって言いますからね。
効果があることを信じて、4泊5日の湯治を行ってきましたよ。
私?とりあえず私は健康ですから、女房に付き合って一日何度も温泉に入りましたが・・・食事の方が楽しみでした。
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けっこう美味しかったですよ。
続きは近いうちに。
では!

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