無料ブログはココログ

« 2024年12月 | トップページ | 2025年2月 »

2025年1月

2025年1月26日 (日)

富士山が綺麗だった一日

みなさん、こんにちは!

私、7日間の連続勤務をこなし、昨晩、ようやく清水の自宅に戻ることができました。
やれやれです。
若い頃であれば、ひと月くらい連続で働いても平気でしたが、60を過ぎるともう駄目、せいぜい3日連続が限界です。
本当に辞めようかなぁ・・・。

今日もネタはありませんが、この7日間にフライトが3回ありましたので、飛行機ネタで更新です。


私の朝は早い。
毎日、6時半には出社して仕事を開始する。
いつものようにパソコンの画面とにらめっこしていると、窓の外が明るくなってきた。
1_20250126150201
夜明けだ。
管制塔が赤く染まっている。
朝焼けかぁ・・・天気は崩れるのかな。
フライトなのに嫌だなぁ・・・。
ところが予想に反してこの日は晴天となった。
空は抜けるような青空だ。
2_20250126150201
ラッキーだが、衛星画像を見ると、仕事現場の天候は雲が多そうだ。
フライト時刻となり、駐機場へと向かい、颯爽と愛機へ乗り込む。
3_20250126150201
愛機は管制塔に指示された滑走路、34Rへ向かう。
4_20250126150201
10時に離陸。
5_20250126150301
愛機はぐんぐん高度を上げて行く。
6_20250126150301
指示されたのは、銚子付近から海上へ出るコース。
東京港の上で右へ旋回。
7_20250126150301
スカイツリーを左下に見ながら、茨城県方面を目指す。
8_20250126150301
遙か西の丹沢山の向こう側に富士山が顔を見せている。
9_20250126150301
あぁ、美しい・・・。
冠雪が良い感じにかかっているなぁ・・・。
10_20250126150301
やっぱり、富士山はこうでなくっちゃね。
進路上に海が見えてきた。
11_20250126150401
北浦の向こうに見えるのは、鉾田辺りかな。
愛機は右に旋回して南下を開始。
カシマサッカースタジアムが見えている。
と、いうことは、その南側の森が鹿島神宮だな。
12_20250126150401
更に南側の港は鹿島港だ。
銚子漁港が見えてきた。
13_20250126150401
航過して海上へ出る。
伊豆大島を右に見て航過。
14_20250126150401
三宅島の火口を左に見て航過。
15_20250126150401
愛機は高度を上げ始め、3万7千フィートまで上昇して仕事場まで向かう。
16_20250126150401
約2時間半くらいはかかる。
仕事場が近づいてきた。
愛機は高度を落とし始める。
やはり現場は曇り空だ。
愛機の陰が雲に映って美しい。
17_20250126150401
ブロッケン現象だ。
このまま雲の下へ降下・・・さてやるか。

仕事中

仕事は無事終了。
愛機は北へ向かっている。
18_20250126150501
羽田着陸まで約3時間だ。
機内が温かいので眠気が襲って来るが、さすがにうたた寝する訳にはいかない。
クルーが淹れてくれたコーヒーを飲みながら、パソコンを睨みつつ撮った写真を整理して、着陸後に報告書を書く下準備を済ませる。
パソコンを片付けて機窓を見ると、もう夕方だ。
19_20250126150501
雲が黄金色に輝いている。
あっ、夕暮れの彩雲だ。
20_20250126150501
綺麗だなぁ・・・。
もう日が沈む。
さあ、トワイライトタイムの始まりだ。
21_20250126150501
もう羽田は近い。
富士山が見えてきた。
22_20250126150501
まるで床の間に飾った一服の掛け軸を見る様な、見事な赤富士だ。
東京湾口まで来た。
江ノ島も見える。
23_20250126150501
赤富士と江ノ島のツーショットが撮れたぞ。
愛機がギアを降ろした。
左の機窓から、赤富士と影絵の様な横浜港が見える。
24_20250126150601
滑走路は34L、まもなく着陸だ。
25_20250126150601
無事着陸、愛機は駐機場へと向かう。
26_20250126150601
7時間ちょっとのフライトだった。
あぁ、今日も無事に帰ってこれた。
27_20250126150601
駐機場着、後片付けをして会社へと向かう。
28_20250126150601
これから報告書の作成だ。
今日の帰宅は22時を回るかなぁ・・・。
早くこんな生活とおさらばして、海外旅行にでも出かけたいなぁ・・・。
29_20250126150601
と、こんな一日でした。

今回の休みは有給も入れて3連休、明日は久々に大瀬崎です。
何か珍しい魚でも撮れると良いな。
では!

2025年1月17日 (金)

久しぶりの・・・(後半)

みなさん、こんにちは!

では、前回の続きです。
燒津漁港を過ぎた後も、愛機は引き続き海岸線を南へ。
すぐに小川(こがわ)漁港が見えてきました。
1_20250117161201
今でこそ燒津漁港区の中の小川漁港ですが、歴史は小川漁港の方が古いのです。
既に室町時代には小川湊として存在しており、燒津漁港(本港)はカツオ漁が盛んになった江戸時代中期以降ですから、その差は歴然としていますね。
小川を過ぎると、内陸に空自の静浜基地(滑走路)が見えてきます。
2_20250117161201
ここは空自のパイロットのタマゴを養成する基地です。
あぁ、ここに入りたかったなぁ・・・。
静浜基地を過ぎると、もう大井川河口です。
3_20250117161301
箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川
って、歌われた静岡県の大きな川です。
河口の右側にある港は大井川港、小さな港ですが、内航のタンカーが入るんですよ。
大井川を越えると、吉田漁港が見えてきます。
4_20250117161301
この辺りは昔から養鰻業が盛んで、今でも鰻屋さんが多くあります。
女房が元気だった頃は、ドライブがてらにここまで鰻を食べに来たなぁ・・・。
吉田漁港を過ぎると、海岸に何やら海に突き出た突堤の様なモノが見えてきました。
5_20250117161301
これなんだと思いますか?
実は榛原港という港なんです。
港則法という法律で定められているれっきとした港。
もちろん船なんて横付けすることは出来ません。
6_20250117161301
上の写真、この突堤の左側に川があるでしょう。
勝間田川って言いますが、江戸時代後期から明治時代にかけては、この突堤は船を横付け出来る様な桟橋で、ここで荷揚げされた物資は、小舟で勝間田川を遡って上流へ運んでいたと言うのです。
だから港なのだそうな。
でも今は桟橋では無く船を横付けできない突堤であり、勝間田川の河口も土砂が堆積していて、プレジャーボートでさえ入ることは出来ません。

そんな状態なのに何故港として残しているのか?
・・・港であれば、自治体に何らかの交付金が入るのかな?
もう港の体を成していないのに、誰も改めようとはしない。
日本ってそんな所がまだまだあるのでしょうねぇ・・・。
勝間田川を過ぎると、相良川が見えてきます。
入口にあるのは相良漁港。
7_20250117161301
ここは江戸時代中期に、あの賄賂で有名な田沼意次が治めていた土地。
左岸に白いコンクリート建ての建物が集まった所が見えるでしょう。
それが田沼意次の居城であった相良城趾で、現在は小学校や中学校、高校、市役所になっています。
何でも、相良城は天守のある立派なお城だったそうですが、田沼意次が失脚した後に、徹底的に破壊されたそうです。
次に見えてくるのは地頭方(じとうがた)漁港。
8_20250117161301
そうして、我が懐かしの御前崎港です。
この港からスズキの自動車が世界に向けて輸出されています。
今、当に大型の自動車運搬船が入港するところ。
9_20250117161401
へんぴな場所にある港ですが、自動車道路が出来てアクセスが良くなり、今後ますます発展しそうです。
10_20250117161401
愛機は御前崎の先端をくるりと回って、西へと向かいました。
すぐ眼下に灯台が見えてきます。
11_20250117161401
映画「喜びも悲しみも幾歳月」の中で、一つの舞台となった灯台。
♪~俺ら岬の灯台守は~♬
って、歌が自然と出てきますよ。
灯台を過ぎると見えてくるのが、浜岡原子力発電所です。
12_20250117161401
今は津波対策のために、全体が巨大な壁で取り囲まれています。
御前崎を過ぎると、菊川の河口です。
13_20250117161501
この辺りも、とても美味しいお茶が採れるところ。
この辺りのお茶屋さんまで、女房とよく買いに来たなぁ・・・。
更に愛機は海岸線を西へ西へと飛びます。
見えてきたのは太田川の河口、右側の港は福田(ふくで)漁港です。
14_20250117161501
country walkerさんのお家は、この川の右岸上流。
私の愛機が見えていると良いなぁ・・・。
太田川を過ぎると、天竜川が見えてきます。
15_20250117161501
大雨が降るとすぐに氾濫するので、暴れ天竜の異名がある川です。
金原 明善(きんぱら めいぜん)という明治の実業家が、全財産を投げ打って治水事業に尽くした話は、地元では有名なんですよ。
さぁ、浜名湖が見えてきました。
16_20250117161501
上の写真で見える橋が架かっているところが「今切口」といって浜名湖が遠州灘と繋がっているところ。
浜名湖は汽水湖なんですよ。
浜名湖を過ぎると浜松市内が見えてきました。
17_20250117161501
「浜松アクトタワー」っていう、静岡県で一番高いビルが見えています。
そろそろ今日のお仕事の現場が近づいて来ました。
お仕事中
お仕事は無事に終わり、羽田へ帰ります。
途中、愛機への燃料補給とクルーが昼食をとるために静岡空港へ着陸。
18_20250117161601
先に燃料補給を終えると、もう時刻は1時半を回っていました。
お店は開いているかなぁ・・・。
19_20250117161601
良かったぁ。
開いてました。
20_20250117161601
でもこれで1,680円ナリ。
う~ん、高いなぁ・・・空港の中って、大して美味くもないのに何処も高い。
まぁ、場所代だな。
食後に売店を覗くと、あっ、ここにもある。
21_20250117161601
私が毎日利用している京急の駅にもあるが、最近増えたなぁ・・・。
燃料もお腹も一杯になったので、さぁ、帰ろう。
lift up!

帰りは駿河湾口を横切って南伊豆へ。
石廊崎が見えてきました。
22_20250117161701
伊豆半島は今にも雨が落ちてきそうです。
弓ヶ浜を航過。
23_20250117161701
やっぱり、下田港沖で雨が落ちてきました。
24_20250117161701
愛機は高度を下げ、スピードを上げて進路を北東へとる。
しばらく洋上飛行です。
雨も上がり、江ノ島が見えてきました。
25_20250117161701
ここからは高度を上げて、行きのコースとは逆のコースで羽田へ向かいます。
横浜上空を航過。
26_20250117161701
やれやれ、帰ってきた。
27_20250117161701
無事に着陸、執務室へ戻って報告書の作成。
この日の夜、仕事が終わった後に、私は愛車で2時間半かけて清水の自宅へと帰りましたとさ。

では!

2025年1月11日 (土)

久しぶりの・・・

みなさん、こんにちは!

私、昨日と今日がお休みで、明日からまたフライトです。
世間様の三連休はほぼ関係ありません。
で、清水の自宅に帰っています。
先ほど、TVを視ていると、米沢市のライブ映像が流れていました。
凄い雪ですねぇ・・・。
ひと月前に歩いていたあの街が・・・って思います。
我が家の窓から外を見ると、日本晴れの青空が広がっています。
富士山の山頂にも良い感じに冠雪が被っています。
同じ日本なのに、こんなにも違うなんてねぇ・・・。

さて、ダイビングにも行けず、ネタも尽きましたので、困った時の飛行機ネタで更新です。

もう2ヶ月くらい前のお話。
この時は、ヘリでお仕事をしました。
当日、首都圏は風も穏やかで好い天気。
絶好の飛行日和の中、10時に羽田を離陸して西へ。
1_20250111141501
みなとみらいの真上を航過。
2_20250111141501
大桟橋辺りの海面が陽光を浴びてキラキラと光っています。
眼下にはランドマークタワーやインターコンチネンタルが見えています。
3_20250111141501
まもなく上大岡の上空・・・京急上大岡駅が見えて来ました。
4_20250111141501
私の横浜の出城(宿舎)は、この少し先。
きっと写真の何処かには写っているのだろうな。
まもなく江ノ島をに差し掛かる・・・うん?
雲の下だ・・・この時、相模湾の北部は、伊豆半島にかけて、広く雲が掛かっていました。
雲の上を飛びながら伊豆半島に差し掛かると・・・突然雲が取れて視界が開けました。
5_20250111141601
湯河原のパークウエイだな。
もうすぐ駿河湾が見えてくるだろうな。
見えた、韮山の街と淡島だ。
6_20250111141601
さぁ、ここから駿河湾の北東、内浦湾上空だ。
羽田からここまで約35分かぁ・・・速い!
自動車移動が馬鹿らしくなるな。
7_20250111141601
内浦湾の南側に沿って西へ。
我のダイビングのホームグランドである大瀬崎が見えてきました。
8_20250111141601
ショップのガイドさん達は、今何をしているんだろう・・・。
あぁ、潜りたいなぁ・・・。
右手には富士山が見える。
9_20250111141601
冠雪の無い夏富士だけど、夏富士がこんなに綺麗に見えるなんて珍しいな。
10_20250111141601
私的にはジックリと写真を撮りたいところだけれど、仕事が待っているので先を急ぐ。
興津川河口が見えてきたぞ。
11_20250111141701
ここで駿河湾の西側に沿って南下を開始。
我が街、清水の興津埠頭が見えてきました。
12_20250111141701
ここいらで降ろしてくれれば、家は近いのだけれどなぁ・・・。
三保半島の先端だ。
13_20250111141701
遠くに我が家の屋根が写っているんだろうなぁ・・・。
もう日本平だ。
14_20250111141701
山頂と久能山東照宮が見えている。
山頂には手を振っている人がいるな。
眼下には安倍川の河口が見えてきました。
15_20250111141701
ハッピーのパパさんの家は、向かって右側の護岸を遡った先にあります。
パパさん、愛機が見えるかなぁ・・・。
あぁ、用宗漁港だ。
16_20250111141701
昔は何も無かったのに、ヨットハーバーなんか出来て、ずいぶん綺麗に整備されたものだなぁ。
さぁ、大崩海岸に差し掛かった。
17_20250111141701
わぁ・・・去年(令和6年)の7月2日に崩落した斜面は手つかずだ。
これで土砂に埋もれた県道静岡燒津線は、未だ通行止め。
はやく復旧すれば良いなぁ・・・。
大崩海岸を過ぎると、燒津漁港だ。
18_20250111141801
ここは海外巻き網漁船の基地、ミクロネシア方面で獲った冷凍カツオ・マグロが沢山水揚げされる港。
日本のツナ缶の90%以上が静岡県で生産されているって知ってた?
静岡県が潰れると、皆さんはツナ缶を食べることが出来なくなるんですよ。

おっと、今日はここまで。
続きは近いうちに。
では!

 

2025年1月 3日 (金)

山形へ(米沢編)

みなさん、あけましておめでとうございます。

私、昨年末の29~31日は仕事でした。
元日の午後、清水へ戻った次第、5日まで休みです。
でも、やることがなく寝正月です。
正月の大瀬崎はダイバーで一杯だし、野鳥でも撮りに行こうかな。

では、ブログの更新です。
朝、目覚めてカーテンを開けると、外は雨。
やっぱりね・・・。
でも、虹が見え始めました。
1_20250103140301
これは幸先良いぞ。
すぐに朝食会場へ。
チェックインの時に予め和定食をオーダーしていたところ、出てきた朝食がこんな感じ。
12_20250103140301
ラッキー!いも煮だ。
山形の名物が小皿で沢山付いている。
オマケに、昨夜食べた居酒屋のいも煮よりも美味しい気がする。
そういえば、ホテルの人が食べ放題のカレーもあるって言ってたな。
見てみると、米沢牛入りと書いてある。
13_20250103140401
で、少しだけ食べてみたら、これがピリ辛で美味い!
すぐに大盛りでおかわりして、朝からお腹一杯だ。
う~ん、もう昼飯は要らないな。
大満足でホテルを後にして米沢へ向かいました。

【上杉神社】
米沢に着いて、先ず向かった先は「上杉神社」です。
2_20250103140401
説明するまでもなく、ここは上杉謙信公を御祭神とした神社であり、米沢城趾の本丸跡地にあります。
3_20250103140401
入口には、まるで来訪者を見守る様に謙信公の像が鎮座していました。
4_20250103140401
少し歩くと、上杉景勝と直江兼続の像もあります。
5_20250103140401
NHKの大河ドラマ「天地人」放映を記念して建てられたのだそうな。
更に行くと米沢の人に名君と慕われている上杉鷹山の像もありました。
6_20250103140501
「なせば成る なさねば成らぬ何事も 成らぬは人のなさぬなりけり」
実に良い言葉です。
因みに、上杉鷹山は九州宮崎は日向高鍋藩主の次男坊で、
上杉家に養子に入った人、元は九州人なんですよ。
7_20250103140501
さぁ、鳥居をくぐって、
8_20250103140501
謙信公を祭る本殿へ。
9_20250103140501
参拝いたしました。
その後はお守りをいただき、神社の宝物殿である「稽照殿(けいしょうでん)」へ。
上杉家伝来の甲冑や刀剣を見たいと思っていたのですが・・・何とすでに休館、春まで開かないとのこと。
ガッカリです。
まぁ、また来年?行く目的が出来たと思って、次は「上杉家廟所」へ向かいました。

【上杉家廟所】
ここは上杉家の歴代藩主を祭る墓所です。
10_20250103140501
謙信公の遺骸もここに祭られているんですよ。
初代藩主である上杉景勝は、関ヶ原(会津征伐)で破れた後、本来、徳川家康から改易されるところを陳謝することで、会津120万石から米沢30万石への減移封で許され、ここ米沢の藩主となりました。
11_20250103140601
謙信公の遺骸は、没後甲冑を着せられた状態で大きな瓶に入れられ、漆で浸して、越後の春日山城本丸に祭られていましたが、豊臣秀吉に会津へ移封させられた際に持ち出されて会津城へ、そして米沢城へと移り、明治になってこの「上杉家廟所」に移されたということです。
12_20250103140601
かつて私が上越の林泉寺でお参りした謙信公のお墓は、きっと遺品か遺髪が納められているのでしょうね。
13_20250103140601
今回は、おそらく本当に謙信公の遺骸が納められていると思われるお墓にお参りすることが出来ました。
下の写真が謙信公のお墓です。
14_20250103140601
この謙信公の墓を中心として、左右に歴代藩主の墓が並んでいます。
15_20250103140701

16_20250103140701
勿論、鷹山の墓もありました。
17_20250103140701
墓前に花が供えられていたのは、謙信公の墓と鷹山の墓だけだったなぁ・・・。
この後は、「林泉寺」へ向かいました。

【林泉寺】
このお寺は、上杉景勝の母である仙洞院(謙信公の姉)が、越後の春日山城下にあった林泉寺から住職を招いて建立した寺であり、上杉家の菩提寺となっています。
18_20250103140701
菩提寺と言っても、藩主は廟所に祭られていますので、藩主夫人や子女、主立った家来の墓がこの林泉寺にある訳です。
19_20250103140701
到着しましたが既に本堂は閉まっており、境内だけであれば100円で拝観できるとの張り紙がありました。
20_20250103140701
もちろん、境内のみを拝観しましたよ。
これが直江兼続夫妻の墓です。
21_20250103140801
上杉景勝の側近で知将として知られていますね。
この人がいなければ、景勝は御館の乱を勝ち抜いて謙信公の後継者になることは出来なかったであろうと言われています。
私が好きな武将ではありません(嫌いです)が、お墓ですからね。
ちゃんと参拝しましたよ。
次は甘糟景継(あまかすかげつぐ)の墓です。
22_20250103140801
上杉25将の一人ですね。
景勝に嫌われて冷遇されていた時に、徳川家康に2万石で召し抱えると誘われても断ったという逸話が残っています。
最後は、歴代藩主夫人や子女のお墓です。
23_20250103140801
ここには、中には入りませんでした。
これで終了、時刻はまもなく2時というところでしたが、けっこう精力的に動き回ったので少し腹が空き、昼食を食べることにしました。

【米沢牛】
せっかく米沢に来たのだから・・・と、名物の「米沢牛」を食べることにして、予めネットで調べておいたお店へ向かいました。
24_20250103140801
ネットの口コミでは安くて美味しいとの評判のお店ですが・・・。
メニューを見ると・・・高い・・・。
でも、せっかく来たのだから、高くても食べないとね。
25_20250103140801
勿論美味でしたよ。
でも、財布から渋沢さんが一人、バイバイって去って行きました。

【上杉博物館】
食後は「上杉博物館」へ。
26_20250103140801
甲冑や刀剣を期待していたのですが、残念ながらそれらの展示はありませんでした。
27_20250103140801
ただ、織田信長が謙信公のご機嫌取りのために贈ったという「上杉本洛中洛外図屏風」の本物を見ることが出来ましたよ。
(残念なことに、これは撮影禁止でした。)
これで終了、帰りの新幹線の時刻が迫っていたことから、急いでお土産を買い、レンタカーを返して米沢駅から新幹線に乗りました。
28_20250103140901
これが自分用に買った記念品です。
「お鷹ぽっぽ」です。
29_20250103140901
上杉鷹山が、冬場に農民の副業としてこの工芸品作りを奨励したのだそうな。
ネットで見かけて欲しかったんだよね。
早速、自宅の居間に飾りました。
次はTシャツです。
30_20250103140901
衝動買いですが・・・ちょっと着て歩くのは・・・。
以上です。
しょんない「みちのく一人旅、山形の旅」を長々と書いてしまいました。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
みなさま、今年もよろしくお願いいたします。
では!

« 2024年12月 | トップページ | 2025年2月 »