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2025年4月

2025年4月28日 (月)

ネタ無し(日々、徒然・・・)・74

みなさん、こんにちは!

ゴールデンウィークですね。
私もほぼ暦どおりですが、何もやることがありません。
「仕事に出るよ」って、言ったのですが、外されてしまいました。
仕方ないので、普段出来ない家の掃除でもやって過ごします。

ダイビングにも行けずネタが尽きたので、困った時の飛行機ネタで更新です。

【最近買ったTシャツ】

《ANAのTシャツ》
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期限が切れそうなマイルがあったので、Tシャツに替えました。
カッコウ好いでしょう?
シンプルなデザインで気に入ってます。

《JAMSTECのTシャツ》
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先日、仕事の打ち合わせに行った時に、売店で購入しました。
イマイチかな。
以前はもっとカッコウ好いデザインの物が置かれていたのになぁ・・・。

《サンゴ模様のTシャツ》
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デザインが気に入ってネットでポチッとな。
届いたら、絵はすべて刺繍でした。
これって、素肌の上に着ると、チクチクするんですよ。
下にもう一枚着ないと駄目なので、秋以降用かな。

《Cap》
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最近髪が薄くなってきた?
なんだか髪にコシが無くなってきて、柔らかく?弱くなってきたので、風の中を歩くと惨めな髪型になってしまいます。
仕方ないので、外出時は帽子をかぶることにしました。
で、Eddie BauerのCapを取り寄せてみました。
感想?何だかなぁ・・・・。

【Gulfグッズ】
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大好きなGulfstreamのグッズを取り寄せました。

《Cap・1》
NikeのAircraft Silhouette Capです。
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カッコウ好いでしょう?
気に入ってます。

《Cap・2》
Everyday Symbol Cap です。
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Gのマークが帽子本体と同色の糸で刺繍されていてシブイ。
これも気に入ってます。

《Tシャツ》
Everyday Pocket Teeです。
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左胸にポケットが付いていて、Gのシンボルマークが入ってます。
背中には、
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飛行機のシルエットが描かれていてカッコウ好い!
石垣島へ来てゆこう!

《キーホルダー》
前回取り寄せたAircraft Keychainをまた買ったので、通勤鞄に付けてみました。
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セカンドバックにも。
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カッコウ好い!
京急羽田線では、飛行機関係者の目を惹く?かも知れません。

【暁のフライト】
先日は忙しくて、夜明け前から飛んでいました。
午前3時頃に離陸して南下、北緯20度くらいで夜明けになりました。
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東の水平線がうっすらと明るくなり、真っ黒だった雲が陽光を受けて紫雲へと変化します。
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クルーが淹れてくれたコーヒーで気合いを入れて、
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さぁ、仕事だ!
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動画もどうぞ。

では!

2025年4月18日 (金)

アカコッコを撮りに八丈島へ行くぞ!(後編)

みなさん、こんにちは!

前回の続き、後編です。
「八丈植物公園」を後にした私が次に向かったのがここ。
「宇喜多秀家公住居跡」です。
ここは以前、令和2年だったかに仕事で来た時にも訪れた場所です。
みなさんご存知のように、宇喜多秀家公は豊臣政権の五大老の一人として豊臣秀吉を支えていました。
秀吉に可愛がられ豊臣姓と羽柴姓を与えられて猶子となり、前田利家の四女「豪姫」を秀吉の幼女としたうえで正室としました。
秀吉から与えられた領国は、備前・美作等57万4千石であり当に飛ぶ鳥を落とす勢いの武将だったわけです。
その後の関ヶ原では、盟友の石田三成と共に西軍の主力として戦い、奮闘したものの敗れたことはここで改めて解説する必要はないでしょう。
結局、宇喜多秀家公は薩摩へ逃亡し、島津家の庇護を受けますが、災いが島津家に及ぶことを憂慮した公は徳川へ出頭します。
本来死罪となるところを前田家や島津家の助命嘆願があり、一命を助けられたものの、結局八丈島へ流刑となってしまうのです。
その公が住んだ住居跡がこの場所なんです。
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解説板の傍には、公が築いた岡山城の内堀の石が置かれ、手植えの蘇鉄が植わっていました。
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当時、この辺りは庭だったようで、住居は少し後方にあったようです。
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「御菩提の 多子や植介ん 此寺に みのり乃秋曽 久しかる遍き」と公が読んだ和歌が刻まれていました。
さて、次は公の墓所へ。
墓所も令和2年に訪れていますので、今回で2度目の墓参になります。
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公はこの八丈島で50年を過ごし、84歳で亡くなる訳ですが、実は八丈流刑から10年後に公は罪を解かれているのです。
前田家から、10万石を分け与えるので大名に復帰するように勧められたのですが、公はこれを断り、八丈島に留まったのです。
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八丈島での暮らしはとても貧しかったと伝わりますが、大名に復帰して憎き徳川家を主家と仰ぐなんて、大恩ある秀吉に顔向けができないと考えたのか、豊臣大名としての誇りが許さなかったのか、それとも単に俗世に嫌気がさしたのか・・・色々と想像を巡らすのはとても楽しいですよ。
墓参の後は、海岸の「宇喜多秀家公と豪姫の碑」へ。
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波打ち際に、公と豪姫の石像が、2体並んで建立されています。
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公と豪姫は、所謂政略結婚だった訳ですが、相思相愛の仲良し夫婦だったと伝わります。
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しかし、公が八丈島へ流される時、豪姫は同行を申し出るのですが、前田家が許さず、二人は離ればなれになってしまった訳です。
結局、豪姫が八丈島へ渡ることはありませんでしたが、それでも公は現地妻を持たなかったそうです。
素敵な話ですねぇ・・・泣けてきます。
それで像を建立する時に、せめて二人を一緒にさせようと、このような像になったとか。
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二人は仲良く並んで、岡山県の方角を向いて座っています。
いつまでも・・・。
(二人の右側に見えている島は、八丈小島ですよ)
さて、時刻も4時を回ったのでホテルへチェックイン。
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このホテルも仕事で来たときに泊まったホテルです。
部屋はこんな感じ。
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一応、オーシャンビューです。
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まぁ、晴れていれば素晴らしい眺めなんでしょうね。
出た夕飯はこんな感じ。
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そこそこ美味かったですよ。
ちょうどこの夕飯を食べている時に、外は大雨でした。
あぁ、雨男との本領発揮だ・・・明日はどうなることやら・・・雨音を聞きながらベッドに入りました。

翌朝は勿論雨・・・朝食を食べて出発です。
これじゃあ鳥は無理だなぁ・・・。
仕方ないので、島を一周することにしました。
幸いなことに雨は土砂降りではなく、小糠雨って感じです。
車を走らせながら、予め観光案内図で目を付けていた名所旧跡へ立ち寄りました。
先ずは「大里の玉石垣」です。
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ここは江戸幕府の役所があった場所とのことです。
この役所を囲む塀を、八丈島へ島流しになった罪人達が、コツコツと玉石を積み上げて造ったものだそうな。
八丈島は流刑地として有名ですが、それを感じさせる物が残っているのは、この玉石垣くらいだそうです。
八丈島一周道路を走っていると、たまに野鳥にも出くわします。
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アオサギです。
珍しくも何ともありませんが、八丈島では留鳥ではなく、春と秋に渡って来る鳥なのだそうです。
次に訪れたのは、「八丈島灯台」です。
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昔、私が船に乗っていた頃、ちょうど今時分ですが、小笠原の帰りに、急激に発達した台湾坊主に追っかけられ、夜間、暴風雨で大時化の中を命からがらに八丈島まで逃げてきた想い出があります。
船酔いもとうに忘れ、船がひっくり返るのではないかと恐怖の中、「この八丈島灯台」の灯りが見えた時は、何とも言えずホッとしたものです。
この灯りを頼りに風を遮る島影に飛び込み、底土港の沖でHeave toした事は、今でも鮮明に思い起こされますよ。
あの時は怖かったなぁ・・・。
灯台から海岸へ続く道を下って、「洞輪沢漁港」へ。
実はここに洞輪沢温泉という有名な海岸の温泉があるので入ってみようかと思ったのですが・・・雨が上がって来たので野鳥を探そうと、思い止まりました。
この漁港には、岸壁に救命艇が設置されていましたよ。
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津波が来たら、坂を登る時間は無いので、住民は皆、この救命艇に入るのだそうです。
救命艇は津波で流されますが、色がインターナショナルオレンジで目立ち、救命電波の発信機も付いているので、いずれ救助されるという考えです。
う~ん、皆、高台に移住すれば良いのにって思いました。
さて、野鳥撮影に復帰です。
八丈島一周道路へ戻り、ゆっくりと時速20km/hくらいで走りました。
島の南側は、滅多に車は通らず、オマケに平日でしたから行き交う車は全くありませんでした。
走っていると、ちょっと広くなっていた草地でキジを発見。
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八丈島には元々キジは棲息しておらず、昭和40年代に本州から連れてきて放鳥したのだそうです。
また、イタチも頻繁に見ましたが、これもネズミ駆除を目的に本州から連れてきたものだとか。

イタチはネズミを襲うけれども、アカコッコも襲ったのです。
これもアカコッコが減った要因の一つなのだそうです。
う~ん、何だかなぁ・・・。
気を取り直し、車を走らせます。
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走っていて気づいたのですが、アスファルトの道路にやたらとヤマバトが下りて餌を探していること。
雨で餌を採れなかった野鳥たちが、小降りになったので餌を探しているのかなぁ・・・。
ひょっとしたら・・・何て考えていると・・・。
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あれっ!前方を明らかにハトではない鳥が歩いています。
大きさはハトよりも一回り小さい・・・色も赤っぽい?
アカコッコだ!!!
急いでカメラを構え、車内から連写しました。
数十枚シャッターを切りましたが大半がピンボケで、奇跡的に1枚だけ撮れていたのが次の写真です。
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木の枝ではなく、アスファルトの、しかも白線の上という構図で証拠写真レベルですが、これで何とか来島の最大の目的を達することが出来ました。
この後も、もう一度同様のチャンスがあったのですが、これもピンボケで終了です。
それならばと、また植物公園へ行き粘りましたが、アカコッコの姿は見えず。
飛行機の時刻が迫ったので空港へ戻ってレンタカーを返却し、お土産を買いました。
因みにレンタカーを返却する時に、スタンドでガソリンを満タンにしましたが、1Lが209円でしたよ。

こっちのハイオクよりも、はるかに高くて笑いました。
昼は食べてなかったので、レストランへ入って、名物というアシタバソバのとんかつ載せを注文。
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麺にもアシタバが練り込まれていて黄緑色。
アシタバの天ぷらも入ってます。
これが、う~ん・・・なるほど・・・不味かった。
蕎麦は普通の蕎麦が一番です。
まぁ、色々不満もありますが、そこそこに楽しかった二日間でしたよ。
さらば八丈島、また来るかもね。
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それで、買ったお土産ですが、八丈島で最大に有名な物と言えばクサヤです。
でも、さすがにこれは誰もが「要らない、買ってくるな」と言う。
他に名産は無いのか?
探すと「うみかぜ椎茸」という物がありました。
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八丈島で栽培している椎茸のブランドなんだとか。
他は・・・Tシャツです。
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背中に八丈小島で繁殖しているクロアシアホウドリを配したTシャツです。
カッコウ好いでしょう?
気に入ってます。
そうして青ヶ島の「あおちゅう」です。
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青ヶ島は、八丈島から南へ約70kmに浮かぶ絶海の孤島です。
人口は162人とか。
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(この写真は、以前愛機で近くを飛んだときに撮ったものです。)
この島で醸造されている芋焼酎で、まぼろしの芋焼酎と言われています。
それが土産物屋に並んでいました。
値段は、たった700mlなのに、何と4千円です。
4千円も出せば、そこそこ高級な芋焼酎が1升瓶で買えますよ。
少し悩みましたが、この焼酎はここでなければ買えない。
えい、買っちゃえ!と、買いました。
飲むのが楽しみです。
さて、八丈島へ行くと、次は三宅島が気になり始めました。
そのうちに・・・また、衝動的に出かけてしまうかも知れませんよ。
では!

2025年4月12日 (土)

アカコッコを撮りに八丈島へ行くぞ!(前編)

みなさん、こんにちは!

八丈島から帰ってきました。
本当は今、清水の自宅にいる予定だったのですが、昨夜の雷雨のため高速道路は危険と判断、横浜の出城でまったりと過ごしています。
一泊二日の八丈島・・・色々と不満はありましたが、そこそこ楽しかったですよ。
では、見て下さい。

う~ん、アカコッコ(日本の固有種で八丈島や三宅島に棲息する国の天然記念物)を見て、撮ってみたい!
そんな衝動に駆られて、突然休みを取り、航空券とホテルを予約。
10日、朝一番の羽田発八丈島行きに搭乗して羽田発です。
実は、前日の9日は長距離飛行で伊豆諸島上空を飛んでいます。
珍しく各島の上に雲は無く、八丈島も快晴でした。
上空から八丈島を眺めながら、「あぁ、今日明日だったら最高の天気だったのになぁ・・・」って思ったものです。
さて当日の朝、羽田は快晴だったのですが・・・。
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八丈島に近づくと雲が多くなってきました。
さて、島の上空に至ると・・・島が見えません。
ガッカリです。
ギアが下りる音がして視界が開け、着陸。
滑走路は余裕の2,000m、フルでフラップが下り、エアブレーキが開いて逆噴射が掛かりました。
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飛行機は急停止です。
乗っていた機体は737-800でしたが、ほぼ滑走路の端まで使っていました。
まるで、かつての旧石垣空港へ着陸する様で面白かったですよ。
予約していたレンタカーを借りて、さぁ、出発です。
因みに借りた車は使い古された三菱の軽自動車で、所々サビが浮いています。
今時、名刺サイズのナビしか付いていません。
バックモニターも無い車で、オマケに時速20キロ前後で車体が震えます。
八丈島はね。
大手のレンタカー会社が無いのですよ。
レンタカー屋さんは、全て個人経営のお店で、当たりはずれが大きいようです。
走っていると、街路樹に「ロベ」と呼ばれる椰子の木が沢山植えられていることに気付きました。
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なんでも、大正時代に東南アジアから持ち込まれたものだとか。
また、あちらこちらに「ロベ」を栽培する畑があり、島の主要農業になっているとのことです。
それまで沢山あった田圃は、今は全てこの観賞用であるロベの畑に変わったのだとか。
きっとロベは、八丈島の気候にあっているんでしょうね。
先ずは八丈富士の中腹にある「ふれあい牧場」へ行ってみることに。
レンタカー屋の奥さんが、「明日は雨だから今日中にふれあい牧場とウラミの滝へ行った方が良いですよ」と言うので、先ずは行ってみた次第。
レンタカーのアクセルを目一杯に踏んで、八丈富士の道路を登って行きました。
途中見上げると、八丈富士(標高854.3m)の頂上には雲が掛かっていて、今にも雨が降ってきそうな雰囲気です。
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眼下には八丈小島がプカリと浮かんでいます。
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晴れていたら最高だっただろうなぁ・・・。
まぁ、雨が降っていないだけ御の字か・・・。
なんて思いながら運転して到着。
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ここの展望台が、八丈島を一望できる場所なのだそうな。
展望台まで歩いて行く途中に、黒い牛が数十頭放牧されています。
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八丈島はジャージー牛乳が有名と聞いたけれど、これはどう見ても黒毛和牛 だな・・・。
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展望台から見える風景は・・・なるほど、島が一望に見渡せました。
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振り返ると・・・牧場と八丈富士の頂上が見えます。
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今日はこちらの方が絶景だなぁ・・・。
これで牧場は終了、次はウラミの滝へ向かいます。
ウラミの滝?恨みの滝??「裏見の滝」でした。
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牧場からは30分近くかかります。
温泉の駐車場に車を駐めて、滝へ至る階段を登りました。
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周りは鬱蒼としたジャングルって感じです。
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10分くらいで到着したのですが、日頃運動不足の身体には、思いがけず良い運動になりました。
滝はこんな感じ。
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白糸の滝の一部を切り取った様な感じかな。
流れ落ちる滝の内側へ回る遊歩道が付いています。
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なるほど、滝の裏側から見ることが出来るので、「裏見の滝」って訳か・・・納得です。
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これで終了。
滝を後にして、来島の本来の目的であるアカコッコの探鳥のために、「八丈植物公園」へと向かいました。
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先ずはビジターセンタ-へ入って情報収集です。
園内マップを見ていると、自然解説員の方が声を掛けてきました。
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私の「アカコッコは何処にいますか」との問いに、彼は言いにくそうに「数年前までは簡単に見ることが出来ましたが、最近はなかなか見ることが出来ません。」とのこと。
それでも園内の数カ所のポイントを教えてくれました。
さぁ、カメラを持って探鳥開始です。
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鬱蒼とした園内の森をアカコッコを求めて歩き回りました。
園内には大きなオオタニワタリが沢山生えています。
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石垣島ではよく食べた野草です。
若葉を天ぷらにしたら美味いんだよなぁ・・・。
なんて思いながらね。
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11時頃から14時頃まで歩き回りましたが、ついにアカコッコには出会えず。
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姿さえ見かけなかったことから、その日は諦めてキョンを見て次の目的地へ向かうことに。
キョンって知ってますか?
昔、私が中学生くらいの頃?に「がきデカ」というギャグ漫画が流行っていて、その主人公が「八丈島のキョン」と連呼していたことから、私は八丈島にキョンという動物が沢山いるんだって思ってました。
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でも、植物園の人に聞くと、八丈島にキョンはおらずこの植物園で飼育している個体だけだとのこと。
元々、園で飼育するために台湾から輸入した個体だとのことで、園を訪れる多くの人から同じ質問をされるのだとのことでした。
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なるほど、きっと「がきデカ」の作者も、八丈島を訪れてこの植物園でキョンを見て、ギャグを思いついたのでしょね。
未だに飼育しているのは、キャグが有名になりすぎて、今更ながら八丈島からキョンを無くす訳には行かなくなったからだと思いますよ。
因みにキョンは、千葉県の勝浦にあった動物園が倒産して閉園後に逃がしてしまい、これが野生化して大繁殖し、千葉県では農作物の被害が甚大で困っているのとことです。
今は「千葉県のキョン」なんですねぇ・・・。
写真を撮ろうと柵に近寄ると、飼育されている個体だからなのか、人懐っこく寄って来ます。

見た目は子鹿の様で可愛いのですが・・・静岡まで来なければ良いのですがね。

続きは近いうちに。
明日はまた長距離飛行です。
では!

 

2025年4月 8日 (火)

3年ぶりの写真展

みなさん、こんばんは!

う~ん、歯が痛いのです。
思えば、1月末には気づいていたのですが、昨年度末で会社を辞めるつもりだったので、治療は辞めてからでいいや・・・って、放っておいたのです。
でも、痛みが増してきたので、昨日、ようやく歯科医院へ行きました。
結果、虫歯はけっこう酷くて、神経まで抜かなければならないとのこと。
他の歯にも悪いところがありそうで、通院には3ヶ月ほどかかりそう。
トホホです。

さて、3年ぶりに「静岡県写真愛好者芸術展」に出品しました。
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ここ2年は不幸が重なり、写真展どころではなかったのですが、ようやく最近になって少し心のゆとりが出来てきたので、今年は出品した次第です。
会場は静岡県立美術館の県民ギャラリーで、開催期間は4月1日から6日まででした。
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3月31日に写真を搬入したものの、後は仕事で横浜暮らし。
ようやく見に行けたのは、最終日の6日です。
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当日は生憎の雨。
まぁ、私、雨男ですからね。
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展示された作品は、私の様な誰が見てもアマチュアな作品から、唸るようなプロフェショナルな作品まで様々です。
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私の作品?
本当はダイビングで撮った写真を出品したかったのですが、気に入ったものがなく、仕方ないので先日撮った夕闇迫る富士山と江ノ島の写真にしました。
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我ながらよく撮れたつもりだったのですが、全紙サイズに引き伸ばすと、画質の荒さが目立ちます。
私が機内で使っているカメラは、SONYの「RX100Ⅶ」。
とても良いカメラですが、センサーのサイズが1型なんです。
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大サイズプリントは、カメラのセンサーがAPS-Cサイズ以上でないと駄目ですね。
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ちょつとガッカリしました。

ところで、話は変わりますが、10日から1泊で八丈島へ遊びに行くことにしました。
八丈島は仕事でしか行ったことはなく、一度遊びに行ってみたいと思っていた島なんです。
天気予報は・・・う~ん、どうなることやら・・・。
では!

2025年4月 4日 (金)

高知の歴史散策旅行(2日目・これが本命)

みなさん、こんばんは!

前回の続きです。
桂浜を後にした私が向かう目的地は浦戸城趾です。
長宗我部元親公が築いた長宗我部氏の居城であり、土佐統治の本拠であった城です。

事前に、桂浜の背後の山が浦戸城趾であり、坂本龍馬記念館の辺りが本丸と調べていたので、坂本龍馬記念館へ続く道へ入ってみました。
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記念館の駐車場に車を駐めると・・・なんとそこは浦戸城の天守跡でした。
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「浦戸城天守跡石垣」と刻まれた石碑が建っていました。
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目の前には立派な坂本龍馬記念館があり、訪れた観光客で賑わっています。
もっとも、私は記念館の方はスルー。
一人だけいそいそと天守へ続く山道を登って行きました。
登り詰めた先には・・・小さな鳥居と祠がありました。
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かつてこの場所に建っていた天守は、どんな形だったのだろう・・・荒城に思いを巡らせて、しばし佇みました。
駐車場に戻ると、そこには僅かばかりの石垣がありました。
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天守の土台となっていた石垣の一部とのこと。
う~ん、この規模だったら、高知城と同クラスの天守だったかも知れないなぁ・・・。
関ヶ原の後、改易された長宗我部盛親に変わり、この城に入った山内一豊は、土佐安寧のための相撲大会と騙して浦戸一揆の関係者70数名を城の対岸の種崎浜に集め、全員を無残にも虐殺しました。
山内一豊がこの浦戸城を捨て、新たに高知城を築いたのは、天守から種崎浜が見渡せるのが嫌だったからかも知れないなって思いましたよ。
さて、ノンビリしてはいられません。
この旅の最終目的地である岡豊(おこう)城趾へ行かねばと、南国市岡豊町へ向けて車を走らせました。
岡豊城趾までは、30分くらいかかる訳ですが、さて、車内で楽しみにしていたドリンクをゴクリ。
「ごっくん馬路村」というご当地ドリンクです。
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なんでも、高知の名物で、ゆずとはちみつと水だけで作った飲み物だとか。
なるほど・・・甘酸っぱくて美味しかったですよ。
ちょっと焦りつつ車を運転すること約30分、ようやく岡豊城の山が見えてきました。
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岡豊城は、長宗我部氏の元々の本拠地です。
中世山城なので、天守は元々ありません。
城の一角には、高知県立歴史民俗資料館があります。
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早速館内へ。
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長宗我部氏に重点を置いた長宗我部展示室がメインであり、時間も無いのに、ついつい見入ってしまいました。
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2階から資料館を出ると、そこには「長宗我部元親飛翔之像」が建っています。
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あぁ、これは素敵だなぁ・・・。
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若宮八幡宮の像よりも若々しく、凜々しい。
22歳で初陣を迎えた公の姿を一番良く現していると思いましたよ。
像にしばらく見惚れて、さぁ、岡豊城へ。
虎口(こぐち)跡から本丸へと続く道を登ります。
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ようやく詰め(本丸)へ到着。
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長宗我部元親公は、この城を拠点として四国を統一しましたが、時の天下人である豊臣秀吉には敵わず、臣従して土佐一国のみを安堵され、元々あった浦戸城を改修して移り住んだ訳です。(途中、現在の高知城趾に築城しようとしたのですが、水捌けが悪くて築城を諦めています。)
本丸跡には「長宗我部氏岡豊城趾」と刻まれた石碑が建っていました。
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これで終了。
時計を見ると・・・既に2時を回っています。
大変だ!飛行機に乗り遅れる。
大急ぎで車に乗り、空港を目指しました。
レンタカー屋に到着したのが、3時15分、飛行機は4時丁度の予定。
しかし運が良いことに、飛行機は15分遅れになっていて、少し余裕で間に合うことが出来ました。
さらば高知よ、また来るまでは・・・。
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次はゆっくり西の方を巡ってみたいと思っています。
さて、今回の土産は、先ずは高知県立歴史民俗資料館で買った「長宗我部元親飛翔之像」のクリアファイル
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素敵でしょう?資料館でしか入手できません。
次はエコバッグ。
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KOCHI ZEYOってテレビドラマの坂本龍馬の台詞みたいです。
これ、別に欲しくて買った訳ではなく、土産物が多くて持ち運び用に袋が必要だっただけです。
でもまぁ、デザインは気に入ってますよ。
そうして、芋けんぴ。
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高知県もサツマイモの生産が盛んなのだそうです。
これは素朴な味で美味かったな。
最後は、ひがしやまっていう芋の焼き菓子。
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飛行機に飛び乗る寸前に空港の売店で見つけて買ってみました。
もっちりと柔らかいスイートポテトって感じのお菓子でした。
美味い!沢山買っておけば良かったなぁ。
まぁ、短い時間でしたが、とても充実した旅でしたよ。
高知って、良いところでした。
時間にゆとりが出来たら、本当にまた行こうと思っています。
さて、明日は南の果てまで長時間のフライトだ。
もう寝よう。
では!

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