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日記・コラム・つぶやき

2017年11月14日 (火)

知床の旅(初日・網走監獄)

みなさん、こんばんは!
知床の旅から帰ってきました。
昨日から通常どおり仕事をしていますが、これで今年予定していたイベントが全て終わったのかと思うと・・・。

さて、その知床旅行の初日です。
9日の朝7時頃、愛車に女房を乗せて横浜の出城を出発、羽田へ向かいました。
羽田ではノンビリと大好きな飛行機を眺めながらラウンジで過ごし、11時過ぎに出発する女満別空港行きを待ちます。

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で、乗った飛行機は何故かエア・ドゥという会社の737-700。
ANAのはずだったのに何故?

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ANAとエア・ドゥの共同運航なんだそうな。
この会社、あまり良い噂を聞かないので、ちょっと心配でしたが・・・

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まぁ、とりあえず無事到着です。
当地は雲量8割の晴れ。
雨でないだけ御の字ですね。
到着は1時を少し回った頃だったのですが、何となく薄暗く感じました。
手配していたレンタカーを借りて、先ずは網走へ向けて出発です。

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何処までも真っ直ぐな道・・・当に北海道ですね。
途中、昼食を食べる予定だったのですが・・・網走に着いたのは午後2時30分頃、いよいよ薄暗くなってきたので昼食どころではなく、そのまま網走監獄へと向かいました。

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チケットを買う時に窓口で日没時刻を聞くと、なんと4時だとか。
じきに3時、これは駆け足で回らなければ。

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この網走監獄は、元々、現在の網走刑務所にあった旧施設をこの場所に移設して博物館として開館したものです。
もっとも、上の写真の橋の様に再現したものも多いとのこと。
移築したものは、下の柵のような物。

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さて、見学開始です。
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写真は沢山撮りましたが、解説しているとまた三分割くらいしなければならないくらい多いので、端折ります。
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網走刑務所と言えば、高倉健さんの「網走番外地シリーズ」を連想しますが、実際の網走刑務所は、明治の初期にロシア等諸外国の侵略から北海道を守るために、いち早く北海道を開拓する必要が生じ、受刑者をその労働力として使用するために、懲役12年以上の受刑者や政治犯を集めた刑務所であるとのこと。
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ですから、ここの受刑者達は、懲役刑として幹線道路の開削工事等、北海道の開拓事業に従事させられたとのことです。
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極寒の地における過酷な労働による怪我や栄養失調が続出し、200人以上の受刑者が亡くなり、遺骸は大きな穴を掘って無造作に葬られたそうです。
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今は網走市の観光名所なんですが・・・何とも感慨深いものがありますね。
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しかし、こうやって見て回っていると、当時の刑務所も現代の刑務所もあまり変わらないように感じます。
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何故そんなこと判るの?
へっへっへっ・・・私、憶えているだけで、ディープな鹿児島刑務所や鳥取刑務所、横浜刑務所はもちろん、沖縄刑務所、金沢刑務所、静岡刑務所・・・日本各地の刑務所に入ってますから。
(下の写真は、五翼放射状房と呼ばれる移設された重要文化財。この網走監獄のシンボルですね。)

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え~っ、じゃあ前科何犯なの?
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刑務所に入るのも私の仕事のうちなんですよ(笑)。
まぁ、現代は下の写真のような見張り所はありませんが、

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雑居房も独居房も、作りの基本は現代の刑務所とあまり変わりませんね。
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しかし、ここは寒かったろうなぁ・・・。
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刑務所に入る(ちょっと表現に語弊がありますかね?)度に、絶対に悪いことはするまいって思いますよ。
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あぁ、下の写真が暖房設備なんだそうな。
こんなモノで温かくなるとは思えませんね。

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実際、厳冬期には部屋にいても凍傷に罹る受刑者が続出したそうです。
そんな受刑者達は、お風呂が唯一の楽しみだったとのこと。

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なんだか、分かるような気がするなぁ・・・。
最後の写真は、独立型独居房だそうな。

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こんな所に入れられたら・・・私だったら3日で死ぬなぁ。
と、慌ただしく回って約1時間。
なかなか見応えのある施設でしたよ。
後は土産物を買って・・・

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地元の地酒だそうな。
当分飲めそうにないけれど、美味いと良いな。

さて、この網走監獄を出ると、すでに時刻は4時・・・
夕暮れの中をウトロのホテルへ向けてレンタカーを走らせました。

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ウトロまでは約90分、ホテルに入ったのは5時30分頃でした。
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つづきは、また近いうちに。
では!

2017年11月 8日 (水)

ネタ無し(日々、徒然・・・)・25

みなさん、こんばんは!
今日はネタがない訳ではないのですが、あえて・・・。

【沖縄料理が食べたい】
先日、外回りでまた高円寺へ行きました。

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ちょうど昼時(わざわざ合わせたのですが)だったので、先日得体のの知れない物を食べたラーメン屋で、今度こそ豚骨ラーメンを食べようと歩いていると・・・こんなお店が目に入りました。
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あぁ、沖縄料理かぁ・・・今年は石垣島へ行けなかったものなぁ・・・よし、入ろう!
と、入って、オーダーしたのがこれ。
ソーキそばセットです。
これで920円ナリ。

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う~ん、石垣島だったらこれワンコインだよなぁ・・・
で、肝心のお味は・・・普通でした。
まぁ、ここは東京の杉並区ですからね。
沖縄料理を食べられただけで御の字か・・・。

【丸山花木園展望台】
4日の午後、ハッピーのパパさんと久しぶりにトレッキングです。
行き先は、安倍川の西側、山の中腹にある「丸山花木園展望台」でした。
1時15分、パパさんの家に愛車を駐めて出発。
安倍川大橋を渡って二人でテクテクと展望台を目指します。

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途中、山腹にある徳願寺を見学。
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このお寺は、今川義元の祖母、北川殿の菩提寺なんです。
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ほう、北川殿ね。
昔、司馬遼太郎氏の「箱根の坂」を読み、北条早雲に興味をもっていた私には一度訪れてみたかった場所です。
北川殿は北条早雲の妹(姉という説もあります)で、若き日の早雲こと伊勢新九郎長氏(いせ しんくろう ながうじ)が室町幕府8代将軍である足利義政の申次衆(取次人)であった頃、新九郎の元を訪れた今川義忠と知り合い、嫁いだと云われています。
くどくどとは書きませんが、北川殿は北条早雲が戦国大名として立身するキッカケを作った人なんです。
(詳しくは「箱根の坂」を読んでね。)
で、これが境内にある北川殿のお墓です。

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そうして、これが本堂。
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このお寺は「箱根の坂」にも出てきました。
何とも感慨深い物がありますね。
次は後北条氏の遺跡を回ってみようかな。
さて、ここから約20分歩いて2時40分、「丸山花木園展望台」に到着です。
ここからの眺望は・・・見事でした。
先ずは静岡市の中心部方向・・・遠くに我が家が見えます。(嘘です(笑))

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ズームにすると富士山もしっかり撮れました。
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そうしてこちらが安倍川河口方向です。
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存分に楽しんで下山しました。
途中、みかん畑がありましたが・・・良く見ると案山子が番をしていました。

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みかん畑に案山子?
何からみかんを守っているのでしょうね。
3時30分、パパさんの家着。
鈍った体には少々堪えましたが、なかなか楽しいトレッキングでした。

【解禁】
明日9日から、二泊三日で夏休み第3段?「知床の旅」の予定です。
それで、4日の日曜日には女房と一緒に横浜の出城へ戻りました。
で、いつものお寿司で乾杯です。

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お酒は春の九州墓参旅行で買った「鍋島」。
女房も一通りの治療が終わったので、お酒解禁。
ようやく飲むことが出来ました。
さて、明朝出発です。
知床地方の天気予報は・・・どれどれ・・・むむっ!どうなることやら・・・。
では!

2017年11月 5日 (日)

上越・信州旅行の二日目(本当に後半)

みなさん、こんばんは!
上越・信州旅行の最後です。

「典厩寺」を後にした私たちは「妻女山」へと向かいました。
昨年は大雨で行くことを断念した山です。
言わずと知れた第四次川中島の戦いの時、謙信公が本陣を構えた山。
これは何としても行っておかなければね。

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この山、私の車のナビには載っておらず、探すのに苦労しました。
地元の人に聞きながら、何とか30分もかかって到着です。
この山には展望台が設置されていました。

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登ってみると・・・おぉ、絶景です。
川中島合戦図が設置されていて、合戦の位置関係が容易に判る様になっています。

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見渡すと、右に海津城(松代城)一帯を
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正面には千曲川の流れと川中島平一帯(古戦場)を見渡せます。
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謙信公は、ここで海津城に立ちのぼる炊事の煙の多さに気付き、山本勘助が考案した啄木鳥の戦法を見破ったと伝わっています。
う~ん、感無量でした。

妻女山を下りて、最後に向かったのが、「雨宮の渡し(あめみやのわたし)」です。
この「雨宮の渡し」もナビには無く、概ねこっちの方向だろうと右往左往しながら、最後はこれも地元に人に聞いて、30分もかかってようやく辿り着くことが出来ました。

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着いてみると・・・えっ、ここなの???
私はてっきり千曲川の川べりにあるものと思っていましたが、ここは住宅街のど真ん中です。

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案内図を見ると・・・なんと川中島の合戦の頃、千曲川はこの辺りを流れていたそうで、その後、流れは現在の位置(500mくらい北方)に移ったのだそうな。
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ここは小さな公園になっていて、中央には有名な頼山陽の詩碑が建っていました。
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鞭声粛々夜河を渡る・・・信玄の本陣を目指して千曲川を黙々と渡河する上杉軍の姿が目に浮かぶ様ですねぇ。
来て良かった。

これで今回の旅行で計画した全ての予定が終了。
時刻は夕方4時になっていました。
再び愛車を駆って、清水の自宅帰り着いたのは、午後7時20分頃、雨男であるにも関わらず天気にも恵まれ、楽しい旅行でしたよ。

【追記】
妙高の旅館で食べた新米がとても美味しかったので、途中道の駅によって妙高産の新米を買いました。

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で、帰る車内で女房が「最近、うちの炊飯器、炊きムラになるのよねぇ・・・」
そういえば、我が家の炊飯器は、家を建てた時に買った物ですから、すでに15年位前の物、調子が悪くなっても仕方ないでしょう・・・。
せっかくの新米ですから、「それなら買い換えれば」
帰宅後、さっそく女房と近所の家電量販店に行ってみました。
炊飯器なんてピンキリ。
女房は2万円~3万円の物を買うつもりの様。
私は・・・どうせまた10年位使うつもりだろう?
ピンの方が良くない?せっかくの新米だよ・・・。
渋る女房を何とか説得して買ったのがこれ。

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最初はこんなの高すぎると言っていた女房も、一度使ってみると納得。
美味い!!!
これまでの炊飯器で炊いていたご飯は何だったの?って、言いたいくらい美味いご飯が炊けて感動です。
今後、家に帰れば当分美味い飯を食べることができそうで楽しみです。
では!

2017年11月 1日 (水)

上越・信州旅行の二日目(後半の典厩寺)

みなさん、こんばんは!
前回の続きです。
もう少し引き延ばします(笑)

食事の後は、典厩寺(てんきゅうじ)へと向かいました。
川中島古戦場史跡公園からは、車で5分くらいの千曲川沿いにあります。

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このお寺、日本一大きいといわれる閻魔大王像で有名なんですが・・・私が参詣する目的は、ここに武田信玄の弟で第四次川中島の合戦で討ち死にした武田信繁(典厩信繁)の墓があるので、そのお墓参りです。
典厩信繁は文武両道の優れた家臣の人望も厚いまれにみる名将であり、敵である謙信公からもその死は惜しまれたと伝わっています。
屋根にも武田家の家紋である割菱と花菱が付いていますね。

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当日は生憎と檀家さんの法事がおこなわれており、楽しみの一つであった寺宝の展示されている川中島合戦記念館は施錠されていて入れず。
先ずは閻魔堂へ参詣です。

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これが日本一大きいといわれる閻魔大王像です。
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閻魔様の前に多くの願い事が書かれた木簡が多数置かれていたので、法事に来ている方を呼び止めてどの様にすれば良いのか聞いてみると、お賽銭を入れて木簡に願い事を書いてお供えすれば良いとのこと。
早速、女房がやってました。

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本堂へも参詣したかったのですが、法事の最中であったことからこれは断念。
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典厩信繁のお墓へと向かいました。
これがそのお墓です。

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中央が所謂墓石で、傍に建っている2基の五輪塔のうち、右側が典厩信繁の供養塔、左側が真田信繁(幸村)の供養塔と云われています。
これは初代松代藩主真田信之(信幸)が、この寺を整備して典厩信繁の菩提を弔った時に弟の真田信繁の供養塔を併せて建てて弔ったのだそうです。
明治39年には、伊東元帥、東郷元帥、上村元帥の3元帥が参詣されたという祈念碑が残っていました。

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境内には典厩信繁の首を清めたという「首きよめ井戸」が残っていました。
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典厩信繁の首は、小諸の所領へ持ち帰られたことから、このお寺の墓は胴塚とのことでした。

と、いうことで、もう少し続きますが、今夜はここまで。
では!

2017年10月30日 (月)

上越・信州旅行の二日目(前半と後半の間)

みなさん、こんばんは!
大した内容はないのですが、二日目も三分割です。
(他にネタが無いので、小出しです。)

妙高山を出た後は、上信越自動車道を長野方面へ走りました。
約1時間で川中島古戦場である八幡原史跡公園に到着です。
早速、謙信公と信玄の両雄一騎討ちの像へ。

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ここは昨年も来たわけですが、謙信公の足跡を辿る上では外せませんね。
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元々は信玄の本陣跡で、ここに単騎謙信公が切り込み、馬上から信玄目がけて切りかかった・・・と伝わる場所です。
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で、この像は昭和44年に放映されたNHK大河ドラマ「天と地と」を記念して立てられたものだそうです。
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「天と地と」好きだったなぁ。
当時、私は小学二年生。
早く寝ろという母親を拝み倒して、テレビにかじり付いて見ていましたよ。
以来ですから、私は筋金入りの謙信公ファンなんです。

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こうやって写真を撮りまくっていると、女房が「去年も撮ったでしょう・・・」と、呆れて見ています。
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いやいや、去年は大雨の中だったじゃあないか・・・。
冷ややかな女房の視線を尻目に、しっかり満足するまで撮りまくりましたよ。

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何十枚も撮ってとりあえず、写真は満足。
既に時刻は午後1時近くになっていたので、次は昼飯です。
特にあては無かったのですが、女房が来る途中で見かけたというお店へ行ってみることにしました。

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信州蕎麦のお店です。
メニューを見ると・・・おっ、クルミ蕎麦がある。
で、野沢菜のおやきを付けてオーダーです。
このお店のクルミ蕎麦は砕いた胡桃をつゆに入れて食べるタイプ。

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うん、美味い。
私は、蕎麦は信州蕎麦でも更科系が好きなのですが、これはこれで美味いものですね。
おやきもとても美味しかったので、隣のおやき専門店で持ち帰り用をお買い上げして・・・

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次は、典厩寺へと向かいました。
続きは、近いうちに。
では!

2017年10月26日 (木)

上越・信州旅行の二日目(前半)

みなさん、こんばんは!
さて、広島カープが負けました・・・。
私、「なぁんだ、弱かのう(笑)」
女房「(無言・・・・怒・怒・怒)」
これ、一昨夜の電話での会話です。
しかしねぇ。
ルールとは言え、首位のカープと14.5ゲームも離されていて、かろうじて巨人を振り切って3位に滑り込んだようなチームが、もしもこの後、日本シリーズで優勝したら・・・これって日本一なの???

それでは、前回の続きです。
二日目は、妙高山の中腹までゴンドラリフトで登りました。
「妙高高原スカイケーブル」というのだそうな。
宿泊した旅館からターミナルまでは車で5分の距離。
当日は一面の曇り空でしたが・・・まぁ、降られないだけましか。
9時半頃、ターミナルに到着すると、妙高山は少しだけ山頂?が見えていました。

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事前に旅館で割引券を貰っていたので、往復一人1,500円(通常は1,800円)ナリ。
乗ってみましたよ。
ゴンドラから眺める山腹は見事に紅葉していて、なかなかの景色です。

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約11分で山頂駅に到着。
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なんと、標高1,256mです。
さて、何処を歩こうか・・・さっそく女房と相談です。
ふと横を見ると・・・あっ、妙高山の登山道入口だって。

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ここから登れるんだ・・・登ってみたいなぁ・・・。
(下山した時、ターミナルにガイドさんが居たので登山について聞いてみると、7時間で往復できるそうな。日帰りが十分可能とのこと。ハッピーのパパさんに相談してみようかな。)
結局、女房の負担が少ないように「ブナ林散策コース」を選択して出発です。

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パンフによれば、1周20分くらいで回れるようです。
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登山道の右側にあるブナ林の林道を散策しました。
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林全体が紅葉していて美しい。
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時折、霧が流れる紅葉した林の中を歩くのは、何とも気持ちが良いものでした。
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私としては、あっという間に終了です。
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下山するのは未だ早い。
それならば、「展望コース」とやらも行ってみるか。

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一周30分かかるようですが、女房も調子が良さそうなので歩いてみました。
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で、その展望がこれです。
イマイチ・・・まぁ、麓から見上げた時に予想はついたのですが・・・。

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それでも、ごらんのとおり野尻湖は見ることが出来ましたよ。
しばらく歩いていると・・・湧き水がありました。
「赤倉清水」と看板があります。
よく見ると「復活の泉」とサブタイトルが付いています。
それを見た女房は・・・飲みました。

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「復活の泉」ですからねぇ・・・もちろん私も飲みましたよ。
実に冷たくて美味しい水でした。
水筒でもあれば持ち帰りたかったくらいです。

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これでひととおり終了。
時刻はまもなく11時というところでしたが、これで下山です。
ターミナルに到着すると、山頂駅付近はスッポリ雲に包まれていました。

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さぁ、出発。
愛車を駆って、次の目的地である川中島古戦場である長野の「八幡原史跡公園」を目指しました。

途中、地元の酒屋に立ち寄って買った私用のお土産がこれ。
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「妙高山」という地酒です。
美味しいと良いな。
続きはまた近いうちに。
では!

2017年10月23日 (月)

上越・信州旅行の一日目(後半)

みなさん、こんばんは!
昨夜は台風のため、出勤していました。
一晩徹夜で過ごしましたが、関東地方は甚大な被害は無く何よりでしたよ。

さて、前回の続きです。
春日山城址を堪能した後は、麓にある林泉寺へ参詣です。
父為景に疎んじられた幼少期の謙信公が出家を命じられ、7年間(一説では半年)入門して修行したお寺です。
去年も参詣したのですが、大雨の中であったことから、今年も参詣です。
これは山門の表側。

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掲げられた額には「春日山」とあります。
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そうして裏側がこちら。
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掲げられた額には、「第一義」
今の政治家達はここを訪れて、この額を見て、謙信公に大いに学んでいただきたいものですね。

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謙信公の直筆なんですよ。
(これは複製で本物は宝物館で保管されています。)
そうしてこれが本堂。
(元々の山門と本堂は江戸時代に消失して、新しく再建されたものです。)

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参詣を済ませて、次は謙信公のお墓へ。
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ここには、川中島戦死者の供養塔も建っています。
そうして、これが謙信公のお墓です。
今年もお参り出来たことを感謝です。

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実際の御遺骸は上杉家移封の際に山形へ移されたという説が有力なんですが・・・。
私は信じていますよ。

これで初日の日程は終了。
春日山城本丸に登れただけで満足です。
さて、夕方4時近くになったので、宿へと向かいました。
この日の宿は、妙高高原の旅館です。

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部屋はこんな感じ。
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けっこう素敵でしたよ。
何よりもお料理が美味しかった。

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美味しい地酒と地元上越の名物を堪能しました。
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あぁ、美味しかったぁ~。
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翌日は、ゴンドラリフトに乗って妙高山の中腹へと向かいました。

それで、この日買った自分用のお土産がこのTシャツです。

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左脇腹に「毘」と大書きされています。
そうして裏には、

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謙信公の辞世の句と、上杉笹の紋が入っています。
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ねっ、素敵でしょう?
石垣島のダイビングで着たいのですが・・・何時になることやら・・・。
続きは、また近いうちに。
では!

2017年10月19日 (木)

上越・信州旅行の一日目(前半と後半の間)

みなさん、こんばんは!
前回の続きです。
この一日目、前後2回に分ける予定でしたが・・・。
3回になってしまいました。
悪しからず。

さて、上越に着いて、最初に訪れたのがここ。
「春日山城跡 物語館」です。
場所は春日山城の麓になるのかな?

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去年は「埋蔵文化財センター」で上杉おもてなし武将隊の方から色々と説明をしていただきましたので、今年はこちらの施設へ行ってみました。
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ここは春日山城の土塁や堀が復元されていて、土塁の上には上杉笹の家紋と、
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毘の旗印が翻っていました。
なかなか雰囲気はありますね。
中へ入ると・・・大きな紺地日の丸の旗が掛けられています。

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ここで15分くらい、謙信公と上越市のビデオを見て、いよいよお城へと向かいました。
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はぁ、一年ぶりです。
昨年は大雨の中でしたが、今日は好い天気です。

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石垣の上に立つ謙信公にご挨拶して、さあ、行きますよ。
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先ずは、春日山神社へ参詣。
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ここは、山形米沢市の上杉神社より分霊され、謙信公を祭神に祀った神社です。
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さて、昨年は登れなかった本丸へと向かいました。
ここで、女房は愛車に戻って待機。
男の足で、頂上の本丸までは20分くらいかかるそうですからね。
病み上がりの女房では無理です。

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本丸までの道は整備されていましたよ。
途中、虎口(こぐち、城の玄関ですな)の前を通って・・・・ここに大きな門があったんでしょうねぇ・・・。

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しばらく登った曲輪に、直江山城守(直江兼続のことです)館跡がありました。
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その前には、空堀の跡が残っています。
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ふと、見上げると、上の曲輪にお堂が建っています。
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あぁ、有名な毘沙門堂だ。
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出陣前に謙信公が籠もって勝利を祈念したところ。
もちろん、この建物は復元ですが、中には高村光雲作の毘沙門天像が祀られています。
中央の窓に一カ所、ガラスが入って無い所があって、そこから覗くと・・・あぁ、見えました。
思わず手を合わせてしまいましたよ。
(写真は撮ってはならないような気がして、撮りませんでした。)

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この毘沙門堂の一段上の曲輪に、諏訪堂と護摩堂の跡がありました。
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謙信公はここで護摩を焚いたのでしょうね。
さて、この上がいよいよ本丸です。

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ふぅ、ようやく着きました。
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ここに謙信公の館が建っていたのでしょうねぇ。
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この本丸の隣の曲輪が天守台です。
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天守閣跡という碑が建っていますが・・・
謙信公の時代に天守閣なんてありませんから、

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きっと、物見櫓のような物が建っていたのでしょうね。
さて、ここからの景色は・・・最高でした。
かつて、謙信公も眺めたであろう直江津の湊や上越市内が望めます。

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ようやく、子供の頃から憧れていた謙信公のお城、春日山城の本丸に立つことができました。
う~ん、なんとも・・・感無量でしたよ。

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いつまでも眺めていたい衝動にかられましたが・・・いかん、女房が待っている。
急いで下山して駐車場まで戻ってみると・・・女房は車の中で寝ていました。
起こして、出発。
林泉寺へと向かいました。
続きは、近々・・・。
では!

2017年10月17日 (火)

上越・信州旅行の一日目(前半)

みなさん、こんばんは!
横浜は急に寒くなりました。
ちょっと前までは、扇風機をかけていたのに・・・。
昨夜から羽毛布団をかぶって寝ていますよ。

さて、今更ながら夏休み第2段、13日から14日にかけて上越と信州長野へ旅行に行ってきました。
はい、去年雨でイマイチだった大好きな上杉謙信公の足跡を辿る旅の再チャレンジです。
(ここのところ、ダイビングも山も遠ざかっていてネタ無し状態が続いているので、この旅行記事も小出しにします。悪しからず。)
前日の12日、仕事を普通どおりこなして、夜中、東名高速を清水の自宅へと向かいました。
午前零時頃に着く予定だったのですが・・・生憎、東名高速は集中工事中。
秦野中井付近の工事で、夜中だというのに大渋滞です。
で、到着したのが午前1時半。
それから急いで寝て、5時に起きて洗顔を済ませ、5時40分頃、女房を愛車の隣に乗せて自宅発。
先ず長野市へと向かいました。
出発時、空は一面の曇り空・・・これは予報どおり降るのかな・・・。
案の定、山梨に入るとポツリポツリと落ちてきて・・・諏訪湖辺りで本降りになりました。
これが雨男の実力といったところでしょうか。
昨年の上越・信州旅行は2泊3日で晴れたのは3日目だけでした。
何だか今年も同じ轍を踏む様な予感・・・。
取りあえず長野で下りて、先ずは川中島古戦場跡へ向かいましたが・・・諦めました。

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当時はけっこう降ってましたからね。
では、どうしよう・・・スマホで天気予報を見ると、上越地方は雨のち晴れの予報。
ならば先に上越へ行こう!と決まって出発。
途中、昨年も寄った飯綱町横手のリンゴ直売所へ立ち寄ることになりました。

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このリンゴの直売所は、昨年、偶然に見かけて立ち寄り、買ったリンゴがとても美味しかったので、今年も寄ることになったわけです。
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長野市内からは車で約40分くらい。
着いた頃には、雨は小雨になっていました。
この直売所の周りにはリンゴ畑が沢山あります。

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どの木もたわわに実を付けていて、普段リンゴの木なんて見ることの無い私は興味津々。
絶好の被写体です。
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わぁ~美味そう!
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雨粒が残った実は、何とも新鮮そうで美味しそうでした。
そんな私に女房は呆れて、先に直売所に入ってリンゴを選んでいました。

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さて、私も選別。
友達に・・・それから会社に・・・
女房共々、沢山お買い上げです。

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リンゴのあとは、ちょうどお昼でした。
直売所の道を挟んで斜め前にある蕎麦屋「よこ亭」さんへ。
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このお店、昨年はまだ開店前の時間だったので断念したお店。
気になっていたんですよ。

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入ると・・・このお店を訪れた著名人の色紙が沢山飾ってあります。
きっと有名なお店なんだろうな。
で、私たちは「野菜天ざる蕎麦」をオーダー。

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1,050円ナリ。
お味は・・・もちろん美味しかったですよ。
変わっているのは、天ぷらの中に「リンゴの天ぷら」が入っていること。
ブラムリーという加工用リンゴを天ぷらにしているんだとか。
甘酸っぱくて、不思議なお味でした。
店を出ると、なんと、雨はすっかり止んでいます。

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おぉ、これは期待出来る。
すぐに出発して、途中から上信越自動車道に乗り、上越高田インターを目指しました。
その上越高田インターを下りる頃になると・・・やったぁ!晴れた!

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目指す春日山城址は、もうすぐそこです。

というところで、続きは近いうちに。
では!

2017年10月11日 (水)

やっぱり鉄の鳥の方が好き!

みなさん、こんばんは!
何故だか、また暑いですねぇ・・・。
会社は、10月だからと冷房は入れてくれず、昨日今日と、蒸し返る様な執務室の中でネクタイを付けて仕事をしています。
盛夏の頃がまだ過ごしやすかったなぁ・・・。

さて、前回の続きです。
昼食の後、再び愛車を走らせて空自の「浜松広報館」へと向かいました。
「スズキ歴史館」から「浜松広報館」までは車で約20分くらいの距離です。

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すぐに到着。
ここは通称「エアパーク」。
航空自衛隊浜松基地に隣接した広報施設です。

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もう何度も来ていますが、何度来てもワクワクしますね。
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空自ファンの私には、当に夢の国・・・。
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女房は、全く飛行機には興味が無いので、中では別行動、殆ど休憩用の椅子に腰掛けて私を待っています。
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と、いう訳ですから、私もノンビリジックリ見ている訳にも行きません。
まぁ、展示品もここ数年変わっていませんからね。

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そんなにジックリ見る必要もありません。
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資料館の中を一通り流して見て、展示品が以前と変わっていないことを確認したら、全天周シアターも観ずに展示格納庫へ直行です。
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やっぱりね。
鉄の鳥さんをジックリ眺めたいですからね。

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この大きな鳥カゴの中には、私が少年だった頃に憧れた飛行機達が展示してあります。
どの飛行機も素敵!見て回っていると・・・溜息が出ますよ。

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あぁ、これに乗りたかったなぁ・・・。
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いや、きっと乗れると思っていたんだけれどなぁ・・・。
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もう少し勉強が出来たらなぁ・・・。
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ここの飛行機達は、私にとって永遠に手が届かない憧れの象徴ですね。
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ノンビリ見て回っているつもりは無かったのですが、時計を見ると既に1時間を経過していました。
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イカンイカン、女房が待ちくたびれていました。
これで駆け足でしたが見学は終了。
何時も思うのですが、こういう場所に来る時は一人で来ないとね。
最後に売店で来年の空自カレンダーを買って帰路につきました。

で、これがそのカレンダーです。

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ウン、素敵です。
車見て、飛行機を見て、なかなか充実した一日でしたよ。

さて、今週末の13日~14日は、信濃・上越旅行を計画しています。
去年は雨で今一つ楽しめなかったので、今年再度計画したものです。
で、天気予報は・・・トホホです。
雨男である自分がつくづく嫌になりますよ。
どうなることやら・・・。
では!

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